2009年10月11日 (日)

抗がん剤治療の結果

 二ヶ月余の抗がん剤治療を終え、一ヶ月余の自宅静養が過ぎた。その間通院で種々の検査を受けながら治療の結果をふまえての次の治療方針が検討された。

(9.14)
 病院での血液検査。CT撮影のさいの造影剤使用について、腎臓に問題がないか検討。問題なく、造影剤使用に。主治医のB先生「よく頑張って効果も上がっている」とのこと。

(9.19)
 造影剤を入れて咽頭部のCT撮影。抗がん剤治療の始まる前にも同じ条件で撮影した。

(9.28)
 胃内視鏡検査。
 抗がん剤治療の前の内視鏡検査で食道に小さながんが見つかり、その内視鏡的粘膜切除手術のための検査。一週間くらいの入院ですむそうだ。
 主治医のB先生。先日のCT撮影の結果、4.7cmもあった患部が1.2cmに縮小、「素晴らしい」とわがことのように喜んでくれた先生に思わず感謝であった。

(9.29)
 化学療法科のS先生。次の治療として放射線治療の話しが出る。

(10,2)
 消化器内科のF先生。先日の内視鏡検査の結果、食道の小さながんは消えてなくなり、手術の必要はなくなった、とのこと。半年後の経過観察の予約をとる。抗がん剤の効果であった。
 肺のCT撮影。

(10.7)
 放射線治療のためのCT検査等。

(10.9)
 13日から始まる放射線治療のための入院予約。
 抗がん剤併用のために入院となる。

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2009年9月11日 (金)

三回目の治療

 三回目の抗がん剤治療のため入院。採血の結果、赤血球が少な目だが、予定通り明日より開始。(21.8.27)

 点滴治療始まる。変化なく、食欲もあり。夜1、2回の時と同様シャックリが出て目が覚める。(8.28)

 昨夜は寝不足にて倦怠感が残る。むくみも多少あるが食欲はあり。(8.29)

 昼頃から食欲無くなり、倦怠感も広がる。総選挙なり。予想通り民主の圧勝。9時消灯にてラジオに切り替えるも早目に寝てしまう。(8.30)

 頭頚科の診察。抗がん剤の効果が大分出ているとのこと。(8.31)

 朝より気分悪し。食欲も無く、特別食(朝ヨーグルト、昼アイスクリーム、夕フルーツ盛り合わせ)に切り替えてもらう。(9.1)

 食欲無く、倦怠感のみが支配する日が続く。やはり今回が一番厳しいようだ。(9.2,3)

 白血球数1900(下限値4000)と極端に下がる。新インフルエンザも激増しているおり、土日に白血球増加の注射をしてもらうことに。(9.4)

 採血の結果、白血球数は3800に回復、明日退院の許可が下りる。やはり今回は食欲不振、倦怠感と一番厳しかった。今月は3回ほどの検査通院の他は自宅静養である。畳の上で寝られると言うのはありがたい。(9.7)

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2009年8月14日 (金)

抗がん剤治療

 二回目の入院である(7.30)。09_022
部屋も前回と同じ四人部屋たれど、プライバシーは十分に保たれている。
今回も窓側の明るい場所でラッキーである。大きな窓から東京湾、遠くお台場が望まれる。夜景も綺麗なリ。二回目となると何か余裕もでてくる。
昼前採血、午後胸部と腹部のレントゲン。

 本日(7.31)より点滴による抗がん剤治療が始まる。
初日は大変である。まず吐き気を抑える薬を入れたあと、3本の治療薬を入れる。1本目は1時間、2本目は2時間、3本目は24時間であるが、これは5日間続く。
それと並行して吐き気予防や利尿薬などが点滴される。副作用に気を遣ってくれるのは有難いが、交換の看護師も大変である。

 抗がん剤の治療で問題にされるのは副作用である。
抗がん剤は細胞そのものを傷つけたり、分裂を邪魔したりして細胞を殺す作用を持っている。この毒性はがん細胞だけでなく、正常な細胞にも発揮されるためいわゆる副作用が起こるのである。
一般的に副作用と言われるものは、発熱、吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、便秘、倦怠感、白血球の減少、口内炎、脱毛などであるが、それぞれ個人差はあるようだ。
Gさんの場合は食欲不振、倦怠感、白血球の減少、脱毛などがあったが、それほど厳しいものではなかった。(脱毛を除いては)。

 朝からきわめて調子悪し(8.3)。
食欲もなく、倦怠感強くベットでゴロゴロ。
夕、鼻からの内視鏡による診察で患部も大分小さくなり、抗がん剤の効果ありとのこと、嬉しくなる。

 点滴がはずれ、すっきりする(8.6)。
食欲はない。

 採血の結果(8.7)、白血球が少なくなってきており、土、日にかけて増加のための皮下注射をするとのこと。

 朝一で採血(8,10)の結果、白血球も増えており、あす退院となる。

 退院(8,11)。娘や孫坊主に手伝ってもらい無事退院。
下旬から三回目の治療となる。

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2009年7月19日 (日)

のどの異変

ブログもしばらく更新していない。
友人からも「KUBOちゃん日記」、二ヶ月以上も更新がないので病気ではないかと懸念しています、とのメールも。

実はその通りで、咽頭部にがんが見つかり検査、入院と目まぐるしい二ヶ月余であった。
飲酒、喫煙が遠因であろうと思われるが、これも身から出たサビ、観念してはいるが、、、

飲み込み時に何か引っかかるような違和感を覚えたのは二月頃。
だんだんひどくなり、そのうちに痛みを感じるようになった。
立川市の総合病院に(21.5.8)。鼻から内視鏡を入れて調べていた若い医師は「腫れ物が出来ている。がんかもしれない」といとも簡単に。当方も「ほんと」とこれまた他人事のような返事。これががんとの初の遭遇であった。

これまではがんの告知の是非が社会問題にもなったが、三人に一人が患うという現在、自然に告知が行なわれているようだ。

医師のてきぱきした指示でその日の内にレントゲン、CT撮影、血液、生検とすます。
一週間後の来院を約すが、「がんの疑い濃厚」という医師の所見に、やはりショックは禁じ得ない。

 病院に(5.15)。生検からがん細胞は見つからなかったが、CT写真などから「下咽頭がんの疑い」という診断。ただし、この病院では治療設備がないので、他の病院を紹介するとのこと。外科医の婿の勧めもあって江東区のA病院に。

 A病院に(5.25)。がん専門の病院だけあって各種検査も分単位で。三日ほどの通院で検査を終える。結果はやはり下咽頭がんとの診断(6.1)。
主治医を交え治療法を話し合う。放射線治療は患部が大きすぎて無理。外科手術なら可能とのこと。ただし永久失声、嚥下障害などの後遺症、12時間の手術で術後合併症のリスクもある、ということなどを聞く。
その間、頭頚部のMRI、肺機能検査など行なうが、治療法は自分で決めなければならない。いろいろな迷いもでる。

 結局、A病院で力を入れている薬物療法を選ぶ(6.15)。いわゆる抗がん剤療法である。化学療法科に入院(7.1)となる。
二週間点滴などによる入院、あとの二週間は自宅静養、これを三回くりかえすそうだ。
一回目の入院が終わり(7.17)、自宅静養を行なっているが、ひどい副作用がなくて助かっている。

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2009年5月 5日 (火)

立夏(5日)

05516_001_2  24節気で立夏。
 夏の気配が感じられる頃、とある。
 ゴールデンウイークの締めくくりにあたる。
 北海道は桜が満開だそうだ。

 今年は新型インフルエンザ騒動で、心配しながらの行楽も多かったようだが、今のところ国内での感染者は発見されず、ひとまず胸をなでおろしている。

 昭和記念公園の緑も一段と色を深め始めた。

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2009年5月 2日 (土)

都内の花めぐり(1日)

 薫風薫る五月。
 一年中で一番好きな季節である。
 GWは遠出をさけ、都内の花めぐりに出かけた。

 文京区根津の根津神社010 006

 7千坪の境内に50種3000株のつつじが咲き乱れる。
 今年は開花が早く、時期が少し遅かったが、遅咲きの花が満開であった。

 足立区西新井の西新井大師037 035 049

 「西の長谷寺、東の西新井」、と言われるぼたんの名所である。
 ここも少し遅かったが、境内には50種のぼたんが植えられ、「ぼたん大師」とも言われているそうだ。

 葛飾区の柴又061 064 070

 「花より草だんご」、ならぬ「寅さん記念館」を見学した。
 館内は寅さんの雰囲気でいっぱい。
 昭和30年代の帝釈天参道の町並みの精巧な模型、寅さんの実家「くるまや」の映画のセットなどががそのまま展示されていて、なつかしい一時であった。

 江東区亀戸の亀戸天神085 113

 江戸時代から「亀戸の藤」といわれる藤の名所である。
 汗ばむような陽気の中、しばし散策を楽しんだ。
 
 

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2009年4月29日 (水)

立川フラメンコ(29日)

 ゴールデンウイークの始まりである。
 今年は曜日の日取りもよく、まさに黄金週間。不況対策とあいまって16連休の企業もあるとか。

 好天に誘われて、恒例の立川フラメンコに出かけた。009 023 042

 メーンはストリートフラメンコ。
 通りで踊れる、見られるということで、年々踊り手も観客も増え続けている。今年は小学生から中高年まで400人の踊り手が集まったという。

 情熱的なスペインの音楽に合わせて、色鮮やかな衣装が道狭しと乱舞していた。

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2009年4月20日 (月)

穀雨(20日)

 24節気の穀雨。
 このころになると暖かい春雨が降って、田畑の土を潤し、タネまきのシーズンを迎える。
 北国ではストーブをしまい、東日本では冬服を脱ぎ、西日本ではフジの花が咲き始める季節である。

 この日は、朝から花曇。009

 ハナミズキが満開である。

 昨日は定例の川柳句会に出席した。
 久方ぶりに先生から二句を三才に抜いてもらった。
 課題句「冗談」で、
     冗談もきついですわと笑みこぼれ
(互選では1点しか入らなかったが)
 当日句「酒乱}で
     気ちがいの水とはよくも言ったもの

 毎度のことながら、楽しい一時であった。

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2009年4月 9日 (木)

お花見ミステリー(8日)

 桜の満開に合わせたように、このところ好天が続いている。
 この日も朝から絶好のお花見日和。
 「お花見ミステリー」のツアーに出かけた。
 桜は当たり外れがあるが、行き先わからずのミステリーだけに、その日の見頃の場所に連れて行ってくれるというのがミソ。

 バスは常磐道の水戸ICから降りて偕楽園隣の千波湖に。018 026

水辺のサクラが何とも美しい。
偕楽園とは橋でつながっており、観光の名所になっているそうだ。
周りは公園になっており、SLの展示も。

 次いで雨引観音。坂東三十三所第24番霊場である。054 045 040

朱色に塗られた山門に満開のサクラがよく似合っていた。
本堂の落ち着きのある朱色もサクラの中にひっそりとたたずんでいた。

 最後は磯部桜川公園に。075

古くから”西の吉野、東の桜川”と並び称されるほどのサクラの名所だそうだ。
珍しい種類のサクラが多いことから国の天然記念物に指定されている。

 今回は有名なサクラの名所というよりか穴場廻りの感が強かったが、それなりに満開のサクラを楽しませてもらった。 

 

 

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2009年4月 4日 (土)

金沢ぶらり4日間(31、1,2,3日)

 <一日目>

”金沢自由行動4日間”のツアーに出かけた。
バスは圏央道、関越、上信越、北陸道とひた走る。
富山県の平野部からの立山連峰はまだ真っ白な雪に覆われていた。138

埼玉、群馬、長野、新潟、富山、石川と6県を通り、途中4回の休憩をはさんでの7時間の長丁場であった。
金沢に着いたのは3時過ぎ。
バス好きのGさんにとっては快適な車内であった。

 <2日目>

朝からあいにくの雨である。
午後から金沢定期観光バスに乗る。
まず金沢市立安江金箔工芸館に。
金沢箔は全国生産量の100%近くを占める伝統産業である。026
1万分の1ミリという薄さに作る製造用具や工芸品が展示されている。
金箔入りのお茶をご馳走になった。

ついで、ひがし茶屋街
石畳の両側に今も昔の面影を残すお茶屋建ての古い家や料亭が軒を連ねている。
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茶屋を一箇所に集めるという藩の政策でこの界隈が出来たという。
江戸時代の色町の特殊な情緒をかもし出していた。

長町武家屋敷跡に。044
加賀藩の中級武士の屋敷が並んでいた一角という。
木羽板葺きの屋根のついた黄土色の土塀が立ち並ぶ。
今にも二本差しが出てきそうな雰囲気であった。

 <3日目>

駅前からバスで兼六園に。
広さ3万坪。岡山市の後楽園、水戸の偕楽園と並ぶ日本三名園の一つである。
六つのすぐれた景観を兼ね備えていることから、その名が付けられたそうだ。055

霞ケ池の北側に配置された「ことじ灯篭」は兼六園を代表する景観である。
琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ていることからその名が付けられてそうである。063 056
桜にはまだ少しはやかったが、手入れの行き届いた園内はしっかり春の香りが漂っていた。

次いで、隣接する金沢城に。
百万石の城下町のシンボルである。
戦国時代は本願寺門徒の一向一揆の拠点であったが、その後、前田利家とまつがその礎いをきずいたと言う。080 084
天守閣などは残っていないが、象徴的な石川門、や石垣は見事であった。

 <4日目>

福井の永平寺に向かう。
曹洞宗の大本山である。
760年前、道元によって開創され、境内は10万坪。
三方を山に囲まれ、中に大小70余りの建物が並んでいる。
樹齢約700年といわれる老杉の中に静寂さが静かな音を立てているようであった。123 108
111 70余の建物は回廊によって結ばれている。
急斜面に建てられているので、急な階段を上るのに息がきれるほどであった。
また禅僧の修行の場としても知られ、一般の体験修行も出来るそうだ。110

雪深い寺も春のたたずまいに包まれていた。

昼食は名物の永平寺そば、もう一つの名物ごま豆腐も添えられてあった。

東京に帰ってきたら桜は満開。
明日は、24節気で清明
万物がすがすがしく明るく美しいころ、とある。
ところが、この日は、北朝鮮のロケット打ち上げ騒動で列島は騒然たる一日であった。
明るく美しい世界は、、、




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