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2006年1月30日 (月)

会報への投稿(30日)

昨年10月に行われた学生時代の同期会の席上で、誰言うとなく学校を卒業して40年以上たった今、会報を出そうとということになった。
世話役は米子市在住のY君に。

Gさんも原稿に取り掛かった。
何を書こうかと迷ったが、題は陳腐な「最近考えること」。
完全退職して、隠居生活に入って2年。「晴耕雨読」といわれたが、マンション生活では耕す畑もない。「悠々自適」ともいわれたが、全くの無趣味人間。そこで、これまで触れたこともなかったパソコンに挑戦したことを、前段で書いた。

本文は、ホームページ(ブログ)で発信した事例の抜粋に。といっても紙面に限りがあるので、2本を選んだ。
ひとつは、昨年5月9日の「ジュウニヒトエ」。
現役時代に見えなかった(見ようとしなかった)ものがいろいろ見えてくる昨今、特に季節の花々に心動かされていること。
もうひとつは、7月6日の「60年前の7月6日」。
これは、国民学校2年生当時のGさんの戦争体験の記録である。_002 これは是非、皆に読んでもらいたいと、全文を投稿した。

Y君は5月には発行したいといっていた。
どんなものができるか、楽しみである。

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2006年1月28日 (土)

冬枯れの昭和記念公園(27日)

一ヶ月ぶりだろうか、冬の昭和記念公園を歩いてみた。
「水鳥の池」は半分以上が凍っており(写真)、_001 ボート小屋のボートも水ぬるむ季節を待っているようであった(写真)。_016
冬枯れの公園はひっそりとしており、静寂だけが支配していた。ところどころには先日の雪が残っており(写真)、_005 こんなことなら、思い切って雪の日に来ればよかった、と悔やまれもした。

唯一の色彩はソシンロウバイとわずかに残ったサザンカ。_002 _008
ソシンロウバイは5分咲きで、春の足音を感じさせてくれた。

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2006年1月25日 (水)

規制緩和の影(25日)

「官から民へ」、「民にできることは民へ」小泉改革のキャチフレーズである。
そして活力ある社会へ。バブル崩壊後の低迷していた社会に、ひとつの光であった。
そのため、これまでの規制の緩和も行われた。
でも、いくら「小さな政府」の実現といっても、官でやるべきことは官でやるべきではなかろうか。
その一つの例が建築基準法の改正である。物を建て、それを販売する錦の御旗は「確認申請」である。その事務を民間でできるようになった。民の活動の第一義は利潤の追及である。そこに隙間はなかったか。耐震偽装のよってきたるところであろう。
たとえ、官がやってその巧妙な手口が見破れなかったとしても、その責任の所在ははっきりしたはずである。
汗を流した善良な市民が、損をこうむる社会はまっぴら御免である。
ホリエモン事件もその延長線であろう。

いま、改革のほころびである「格差」に与党内でも議論が出始めている。
光の部分ではなく、影の部分に光を与えることが、暖かい政治ではなかろうか。

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2006年1月23日 (月)

訂正記事(23日) 

今朝の新聞を見て驚いた。
「積雪、都心10センチとあるのは、9センチの誤りでした」との訂正記事。
一面の記事だからその面に載せたのだろうが、普通その責任の所在として、例えば気象庁の発表の誤りでした、とか書くのだが,それがないのは取材ミスか。_003

それはさておき、新聞記事は記録に残るし、正確さが命である。そういう意味では、いち早く訂正記事を掲載したのは多としたい。
が、積雪1メートルを超える豪雪地帯の人々が、この記事を見た時どう思うだろうか。
そんなことを考えて、思わず苦笑してしまった。
勿論、地域によって記事は差し替えるであろうが、何か複雑な気持ちになったのは事実である。

Gさんも、ブログに積雪10センチと書いてしまったが、訂正する気持ちはない。
やはり日本は平和なのかな。

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2006年1月22日 (日)

ブーゲンビリア(22日)

昨日の東京地方の積雪は10センチに達したそうである。
気象庁の一ヶ月予報でも、日本列島はこれからも寒い日が続き、平均気温は北日本と東日本で平年より低いそうだ。
"春一番”はまだまだ先かもしれない。_043

先日行った河口湖近くの温室の中のブーゲンビリアである。
オシロイバナ科だそうであるが、そんな香りはしなかった。
でも”春”を感じさせるには十分であった。
やはり、Gさんの歳になると、暖かい春が待たれる昨今である。

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2006年1月21日 (土)

初の積雪(21日)

この日、東京地方は朝から雪。
一日中降り続き、8センチの今冬初の積雪となった。_002
新聞、テレビもニュースとして大きく取り上げていた。
とっさに、東北、北陸の豪雪を思ってしまう。
所変われば、、、なのかも知れない。

Gさんも、終日家に閉じこもる。
雪の日特有の”静けさ”を久方ぶりに味わった。
(午後2時20分、撮影)

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雪見温泉露天風呂(20日)

雪見温泉露天風呂のキャッチフレーズに誘われてツアーに参加。
これも行く先わからずの旅である。
バスは中央高速から河口湖、山中湖線に。途中足和田村あたりから富士山がくっきり(写真)。_008
今年は雪が少なく、白く見え始めたのは一週間ほど前からとのことだ。
新潟、長野の豪雪を思ってしまう。
村のはずれの合掌造りの集落へ(写真)。_010
農家の中ではまゆ玉飾りも見られた(写真)。_016
上新粉を練り、色をつけたものを柳の木に飾りつけたものだ。飾りつけの時に、願い事をするとかなえられるそうだ。
合掌造りと富士もきれいだった(写真)。_017

西湖畔の民宿で郷土料理のほうとうの昼食。
西湖からの富士も見事であった(写真)。_019

バスは河口湖温泉に。露天風呂ということになったが、残念ながら雪はまったく無く、雪見の露天風呂とはいかなかった。

あと河口湖畔の大石公園へ。ここでは、珍しく冬の七夕祭りが行われていた(写真)。_034 _032 係りの人がふるまってくれた熱い甘酒の美味しかったこと。

行き先不明の、貴方任せの旅も新しい発見もあって、楽しいものであった。

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2006年1月18日 (水)

サルネリア(17日)

先日、伊豆に行ったおりに求めてきたもの。
旅行の行程に南伊豆の成晃園でのキンギョソウなどの花摘みとあったが、花はまだ。
_004 園の主人が気の毒がって、「キンギョソウのかわりに一鉢ずつお持ち下さい」とプレゼントしてくれた。

手入れがいいので(といってもGさんがしているのではないが)蕾が次々と花をつけた。
ここだけは、"春”の香りである。

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2006年1月17日 (火)

先輩の死(16日)

入社したてのころ、多分5年くらい先輩だろうか、"三羽烏”と呼ばれる人が、社内を闊歩していた。
一人はその後、エッセイストとして独立、多くの著書を残した。もう一人は、首相秘書官として辣腕をふるった。いずれも故人となってしまったが、残るSさん。C型肝炎から、肝臓ガンで74歳で逝った。

新横浜の斎場で行われた通夜には、同僚や後輩達が多数参列し、別れを惜しんだ。
久方ぶりに、昔の仲間と再会したが、だれとはなしに「こんなことでもないと、会えないのは寂しいね」の言葉にしんみり。

大先輩のMさんの喜寿の祝いを11月にしょうと約した。
Mさんも、まんざらでもなさそうであった。

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2006年1月16日 (月)

川柳の会(15日)

知人の紹介で昨年の11月から川柳の同好会に参加している。
約40名の会員がおり、月一回の例会には20名前後が参加している。
18年近く続いているそうで、Gさんも例会には出席している。

毎月宿題が二題出され、それぞれ二句を作って投稿する。
すると幹事者から全員の句を載せた一覧が送られてくる。約160句の中から佳作15点、秀句1点を選び、例会で一人一人が読み上げて点数を競うというものである。
宿題は一ヶ月以上の余裕があるが、もう一つ席題というのがある。これは、例会当日会場に行って始めて題がわかるというもの。出席者だけの参加になるが、時間内に3句作る。
これも同様に選ばれた選者が選んだ句が披露される。

ちなみに、一月の宿題は「一」と「いい気分」である。
Gさんの「一」の句
トップとは孤独なものと総理言い
に佳作に5点、秀句に1点が入った。
席題は「広い」
耐震をうそで固めた広い壁
に2点が入った。

皆さんなかなかお上手で、毎回勉強になっている。
終わった後の打ち上げ会で、同年輩の方々と和気藹々と過ごすのも楽しみである。

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2006年1月13日 (金)

現実的脅威(12日)

民主党の前原代表が昨年12月、ワシントンでの講演で、中国の軍事費拡大を「現実的脅威」と言及したことに波紋が広がっている。
民主党内でも「党内で議論したこともない」と、反発が広がっているそうだ。

元来この政党は、自民党から旧社会党左派までのいわゆる寄り合い世帯として発足した。したがって、党内融和を第一に考えてきた。政策決定もしかり。よって出てきたものは、インパクトに欠け、国民の支持もいま一つであった。

総選挙の敗北を受けて、新執行部が誕生した。政党発足時のしがらみのない優秀な若手議員も多くなった。小泉首相が食指を動かすのも無理はない。そんな中で、新代表が持論を展開することが何で悪いことなのか。
選挙で選ばれた代表である。党内の顔色ばかりを気にせず、堂々とリーダーシップ発揮してもらいたい。コップの中の争いに汲汲としていたのでは、いずれ埋没してしまうであろう。

小泉さんではないが、「民主党をぶっ潰す」ぐらいに気概を前原さんに期待したい。

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2006年1月11日 (水)

伊豆下田の旅 2(9日)

二日目。南伊豆アロエセンターへ(写真)_001 。アロエの持つ薬理作用が解明されたため、ここではいろいろなものに加工されている。粉末を試してみたが、独特の苦味があった。胃腸病にいいそうだ。とくにわが国では、昭和44年に、ガンの抑制効果があることが発表され、アロエの人気が一層高まったそうである。

下田から石廊崎を更に奥に。短い峰道を登りきると、パッと視界が開けてきた。奥石廊である。複雑に入り組んだ断崖は、いつまで見ていても見飽きない光景であった(写真)。_030

堂ヶ島で昼食のあと、遊覧船で散策。像の形をした島(写真)も現れて。
_032

土肥の松原公園に。ここには世界一大きな花時計が(写真)。_037 1992年にギネスブックに公認されたそうである。

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2006年1月10日 (火)

伊豆下田の旅 1(8日)

日程が込んでしまったが、旅行社の都合でいたしかたがない。
一泊二日の予定で伊豆下田にでかける。
旅の目的の一つはさきごろ登場した三列シートバスのへの初乗車である。
従来の大型バスの座席は49席。それを30席にしたものである。
前後の幅は広がり、両側に肘置き、足場もついて完全に独立している。
さながら新幹線のグリーン車並みである(写真)。_006

快適なバスに揺られ伊東の小室山に。名物の椿はこのところの寒さで、固い蕾を閉ざしたまま。園内の木々は所々で”白い花”を付けている始末。
でも国道沿いの暖かい所ではツラホラ見られた(写真)。_012

続いて下田白浜の「アロエの里」に。
海岸近くのキダチアロエの群生が綺麗に咲き誇っていた(写真)。_020 _016

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首相公選制?(7日)

今年の政局の最大の関心事は、なんといっても9月に行われる自民党の総裁選びであろう。現在の状況では、自民党総裁、即内閣総理大臣なのである。
小泉首相も年頭記者会見で、「トップリーダーが国民から支持を得ることは極めて大事だ」と述べ、総裁選びに民意を反映させることの必要性を訴えた。国民的人気抜群の候補者の一人と目される安倍官房長官を意識しての発言かどうかは定かだはないが、自民党の総裁選びに国民が参加することは歓迎したい。

一昔前の総裁選といえば、がんじがらめの派閥のもとで他派から一人でもということで、1億、2億の札束が舞い、ポストの証文が乱発された。中には2派、3派から金を集めるという豪な者も現れ、「ニッカ」「サントリー」と揶揄されたものだ。一つのポストに5人もの空証文が現れるというおまけまでついた。「金」と「ポスト」に弱い議員心理をたくみについた作戦だろうが、なんともおぞましい気がしたものだ。
それに比べると派閥の論理を射ち崩し、開かれた党に導こうとしている小泉政治は評価したい。

首相から指示を受けた党執行部は「模擬投票」案を軸に検討に入ったという。
これは、衆院比例区の11のブロックごとに行い、「模擬」なので総裁選の得票のは反映されないが、本選挙の投票行動に少なからぬ影響を与えるのではないか、というものである。
民意の反映は結構なことである。問題は民意の中身である。「ヨンさま」「アベさま」の「人気投票」は避けねばなるまい。投げ返されたボールをどう受け止めるか、今度は国民の責任になってくる。

小泉首相はもともと首相公選論者である。憲法は、内閣総理大臣は国会議員の中から国会の議決でこれを指名すると定めている。が、現在のような自民党の圧倒的優勢な国会の状況の中では、党の総裁公選規定を変えるだけで、実質的に憲法改正と同じ効果を持たせることが可能である。
引退後も政治的影響力を持続したいというのは人の常。小泉さんは、次の劇場ではどんな演出を考えているのであろうか。

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2006年1月 7日 (土)

初詣ミステリー(6日)

旅行社の、世界的に有名な寺社などにご案内、に誘われてバスの人に。
東北道から宇都宮インターでおり、日光へ。
輪王寺
東照宮とともに世界遺産に登録されている(写真)。_006
昇殿もさすがずっしりした重みを感じさせる(写真)。_011

東照宮
中学時代の修学旅行で来た以来である。
見ざる、言わざる、聞かざる、陽明門、眠り猫と、当時を思い出させるには十分だあった。_014 _026 _022 
_025
五重塔も昔さながらに凛としてそびえていた。_031

日光地方はこの朝、一番の冷え込みだったという。
我々が散策していた時は2度。凍てつく寒さを体験した。

佐野厄除大師
川崎大師、_055 _057 西新井大師と並んで関東三大大師にひとつである。規模はすこし小さかったが、松の内とあって善男善女でにぎわっていた。

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2006年1月 5日 (木)

シクラメン(5日)

昨年、栃木の根本山に行った時、真岡の農場で求めてきたシクラメンがたくさん花をつけ始めた。06_006
「小さいのを買ってきて」と頼まれたので、一番小さな鉢を300円也で買ってきたものである。かみさんは「小さいといっても、、、」と不満そうであったが。こちらは言われたとうりにやったまでだが。

ところが、たくさんの花を咲かせてくれる。「どうだ。小さい鉢でも、見る目があったろう」と自慢したところ、「花は手入れをしないと咲きませんよ」とピシャリである。

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年賀状(4日)

毎年のことながら元日の朝、分厚い年賀状の束を手にすると、何か人同志の暖かい繋がりを感ずるのは常である。
大半は一年に一回の便りだが、それだけにその感を強くする。
「97才の春」と書かれた伯母、「元気でね!!」とだけ書かれている元上司、ともに何年も会っていないが、一枚の葉書から、はかりしれない暖かいものが伝わってくる。

ともに出し合ってそんな気持ちになっているのかな、こちらが出していないのにもらって、恐縮しきりであわてて返事を書いたり、こちらにこなくてチト寂しくなったり、そんなことを感じさせる年賀状でもある。

パソコンを始めて一年。今年は自分で作ってみた。06_004
調子に乗せられて、かみさんや娘一家の分も。

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2006年1月 4日 (水)

カレンダー(3日)

新しい年にズシリと重いカレンダーを掛ける時は、何か妙な期待感に胸ふくれる思いがする。この真っ白な日々にどんなドラマが待っているのだろうかと、、、
そして、新しい年が始まった。

私の部屋には、毎年近所の酒屋さんが届けてくれるものを掛けている。
玉置 輝氏のはり絵が何ともいい。
それにわらべ詩(うた)が添えられている。

06        たこたこ  あがれ
    かぜよく  うけて
    くもまで  あがれ
    てんまで  あがれ

毎月、幼い時の郷愁に浸らせてもらっている。
                     
 

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2006年1月 3日 (火)

油壺マリンパーク(2日)

神社仏閣だけでは孫達にかわいそう、と言うことで衆議一決、油壺のマリンパークへ。
女将達の見送りを受けて、車を走らせる。

三浦半島の西南端にあるレジャーランド。360度ぐるりとドーナツ型の大回遊水槽には、全長2メートルのサメが回遊している(写真)。_028 孫娘はじっと目をこらして動かない。大人の我々も同じである。
屋内海洋劇場ではイルカとアシカのショーである(写真)。_031
よく仕込んだものだ。
ショーが終わるたびに、拍手、また拍手である。Gさんも思わず手をたたいていた。
館内で食事、孫娘に気に入った玩具を買ってあっげる。不思議とサイフの紐はゆるくなる。彼女、女のくせになぜか青色が好きである。男勝りの片鱗をみせている。いずれ兄貴を尻に敷くのか、、、くだらぬことを考えてしまう。
外に出ると雨。予報がうれしくない大当たりである。あわてて車の人に。

娘宅に。雨の中電車で帰るとなるとうんざりである。まーしかたがないと、婿殿と一杯。
酔いが回ったころに、雨は上がっていた。

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年の初め(1月1日)

明けましたおめでとうございます。
皆様にとりまして良い年でありますようお祈り申し上げます。
本年も宜しくお願い致します。

新しい年を孫達と一緒に迎えようと、江ノ島に向かう。
何回か来ているが、宿泊するのは小学校の修学旅行以来である。

31日、早めに着いたので、島を散策する_010(写真)。 島の突端の岩屋洞窟まで石段やエスカ
_034 _041 レーターを使って回る。岩棚も静かな海の中で、きれいに輝いていた。

元日は曇り空で、残念ながらご来光は拝めなかった。
宿泊した旅館は婿殿が設定したものだが、「料理は最高ですよ」と言うだけあってさすがであった(写真)。_009 キメ細かなサービスも嬉しい。_105
江ノ島神社に詣でたあと、江ノ電で鎌倉に向かう(写真)。_119
あの青色の電車が何ともいい。民家の軒先を縫うようにして走る電車に孫坊主も目を輝かせていた。車の移動ばかりでなく、たまにはこういう電車にも乗らせたい。
鎌倉駅から鶴岡八幡宮に(写真)。_124 人込みのなか、孫娘もよく歩く。
八幡宮の境内は参拝客でごったがえしており、石段は時間制限が行われていた(写真)。_129 無病息災を祈る。
穏やかな元日であった。

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