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2006年12月29日 (金)

従兄の死(29日)

暮れも押し詰まった。
今年は、義父もあの世にいき、暮れも正月もないと思っていた矢先、従兄の訃報である。
小さいころから可愛がってもらい、兄弟同然の兄であつた。
すい臓ガンを患っていたが、元気にしていると聞いたばかりであったが。

人間誰しも死は迎える。でも、生きている者にとっては切ないものである。

明日は、悲しい沼津行である。

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2006年12月26日 (火)

再び映画(25日)

おかしなものである。
観続けるとまた、足が映画館に向かう。
この日は「007 カジノ・ロワイヤル」。
ボンドさんの荒唐無稽な活躍ぶりは、文句なく楽しめた。

昔の映画館といえば、尻が痛くなる固い椅子、便所近くの席に漂ってくるクレゾールの匂い、と相場は決まっていたが、今は違う。
素晴らしい音響効果、それに座席が何ともいい。腰がスッポリ入り、肘掛もついていて、新幹線のグリーン車以上の座り心地である。_001_16 暖房も程よくきいている。
2時間半をしっかり楽しめる。
それに嬉しいことに、シニア割引もついている。
今時、老人を大事にしてくれるのは、映画館ぐらいだろう。
さて明日は?

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2006年12月25日 (月)

映画(22日)

Photo 何とも面白いものである。
劇場映画のことである。
半年も、一年も観ていないと何でもないが、一度観ると何か病みつきになってしまう。

(映画「父親たちの
星条旗」のスチール
から)

21日に「硫黄島からの手紙」、翌22日に「父親たちの星条旗」をたて続けに観た。
遠の昔に親爺に連れて行ってもらったジョン・ウェインの「硫黄島の砂」、そして、親爺が「擂鉢山の形が変わってしまった猛攻だった」という言葉を想い出したからである。

「硫黄島から、、、」は大本営から見放された硫黄島守備隊司令官の苦悩、負傷した米兵を助け、手当てを命じたが、死んでいった兵士を手厚く葬る将校、それに反し、命からがら投降した若い日本兵を、ゲームさながらにくわえタバコで撃ち殺していく米兵、、、

「父親たちの、、、」は硫黄島の激戦の中で、一枚の写真から意図的に作られた”英雄”が戦費調達のため、政治に翻弄される姿、若い兵士が「私達は決して英雄ではない。敵の弾を除けただけである。真の英雄は死んでいった戦友である」と叫んでも、それが又、民衆の喝采を呼ぶ、、、

面白いのは、いずれも現在のアメリカ人の作品であるということである。
「硫黄島」という一つのテーマを日米双方の視点からとらえた傑作ではある。
とはいっても、いささか日本への肩入れが強かったような気がするが。

それは日本国憲法のいう平和主義への同調か、それともベトナム、イラクに対するような力による支配だけをもくろむ超大国への警鐘乱打か。
興味ある作品であった。

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2006年12月22日 (金)

冬至(22日)

_018_1 冬至、、、一年の内で昼が最も短く、夜が最も長くなる日である。
この日、柚子湯に入り、南瓜を食べると風邪をひかないと言われている。寒さに向かっての生活の知恵であろう。

今年もあと十日足らず。
毎年のことながら、一年がなんと早いと感じられることか。
時間だけは誰にも平等に与えられているはずだが。
怠惰と惰眠、たぶんそのせいであろう。

 冬至過ぎれば寒さ本番
これから本格的な寒い冬を迎える、、、

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2006年12月19日 (火)

最近思うこと(19日)

安倍内閣初の臨時国会が閉会した。
懸案の教育基本法の改正も成立し、さぞ総理としては満足な国会であったと思えるのだが、終了後の記者会見では、その顔に晴れ晴れしい表情は見られなかった。
小骨がノドに引っかかっているのだろうか。

政府税制調査会会長の問題もその一つであろう。
いやしくも、国民の最大関心事である税制を取りまとめる政府任命の責任者である。それがこのていたらく。個人のプライバシーは別としても、任命権者の責任は当然問われてしかるべきであろう。それに、調査会そのものはどうであろう。

官邸主導の政治を目指すのも結構だが、恣意的に委員を選び、論議させても、出てくる結論は最初からわかっているはずである。そしてその結論を錦の御旗にして政策に反映していく、それが民主主義であろうかとも思えてくるのである。

政府与党(いまは国民の最大の支持を得ている)にも税制調査会は存在している。そしてその委員は国民の付託を受けた国会議員である。
我々が選んだ委員が議論して出した結論には、従っていかざるをえない。
でも、その結論に疑義があったら、我々がその委員を差し替えていく、これが民主主義のルールではなかろうか。

わけのわからぬ人間を恣意的に選び、その結論に従っていくのは、まっぴら御免である。
安倍内閣の鳴り物入りでスタートした「教育再生会議」の委員にも好ましからざる人物もいると聞いている。

若い内閣である。古い手法は使わず、正々堂々と政治を論議していってもらいたいものである。

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写真撮影ツアー(15日)

「駿河湾に浮かぶ初冬の富士」の撮影会に参加する。
天気が危ぶまれたが、前線が足早に通り過ぎ、まあまあの天気。
バスは富士山が最も美しく見られるという沼津の達磨山高原に。
ところが、あたり一面はすっぽり霧に包まれたまま(写真)。_001_15
待望の富士は頭さえも見えない。
早々に次のスポットの戸田に向かう。途中伊豆の棚田を見学しながら(写真)。_002_10
戸田港からも富士は望めない。
近くの山々は紅葉が盛り(写真)_030_9、 富士山は諦めである。
移動の途中、戸田港を山から眺めたり(写真)_059

井田では菜の花が咲き誇っていた(写真)。_075_1 さすが伊豆である。

次のポイントの大瀬崎に。伊豆半島でも一番のダイビングスポットだそうだ。
我々は岬の先端の外海に移動する。
だるま夕日の撮影である。海面から立ち上る水蒸気で光が屈折し、太陽がだるまの肩から上のような形に見える現象だそうだ。日暮れ時に、太陽が水平線に接する時がポイントとのこと。この日の日没は4時30分。皆それぞれ位置をきめ、日没を待った(写真)。_092_3
徐々に太陽が沈んでいく様子は、何とも素晴らしいものであった(写真)。_098_1
_109

ところが、沈む寸前、雲が邪魔してだるま夕日は断念、とんだ撮影会であった。

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2006年12月 8日 (金)

巨大貼り絵(8日)

都立のH高校が文化祭に展示した大きな貼り絵が、市役所のロビーに飾られているというので見に行った。_003_8 _004_10          

葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」とクロード・モネの「日傘の女」の素晴らしい貼り絵であった。浮世絵と印象派の対比も面白い。

同校の美術部員と美術選択の生徒全員がベニヤ板64枚を使って制作したという。
生徒達は大きな達成感を味わったであろう労作であった。
きわだった進学校ではないが、ここには陰湿ないじめなど入る余地はなさそうであった。

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2006年12月 7日 (木)

大雪(7日)

_017_5 この日は二十四節気で、大雪(たいせつ)。
雪が激しく降り始める頃、といわれる。
すでに青森地方では60センチ近い積雪があったとか。

東京地方もこの日は、朝から底冷えする寒い一日であった。
確実に季節は動いているのだな、と実感させられた。

(三日間近いココログのメンテナンスで使用不可。より高度なサービスも結構だが、時間も考えてもらいたいものである)

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2006年12月 4日 (月)

再び昭和記念公園に(4日)

この日、東京地方は今冬一番の冷え込みとか。
でも、昼間はまさに小春日和。
銀杏並木はどうなったかな、と昭和記念公園に出かけた。

休日の翌日とあって、園内は人影もまばら。
静寂の中、落ち葉を踏むかさこそという音というか風が、何とも心地よい。

銀杏並木は見頃を過ぎていたが、いろいろな葉が初冬の雰囲気を醸しだしていたのは、嬉しかった。
_012_6 _015_4 _021_6

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2006年12月 1日 (金)

12月のカレンダー(1日)

_003_7 カレンダーも残り一枚になった。
師走である。
が、何かあまり実感がない。
年のせいであろうか。

一年間、玉置 輝氏のはり絵とわらべ詩を楽しませてもらった。
毎月1日の朝、今月はどんな絵が出てくるか、カレンダーをはぐのが楽しみであった。
そのつど、童心にかえらせてもらった。

            ♪ さぎりきゆる みなとえの
              ふねにしろし あさのしも
              ただ みずとりの こえはして
              いまださめず きしのいえ

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