« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月26日 (木)

上州路(25日)

 行き先分からずのミステリーツアーに参加した。
三か所の出発地から関越道を使った群馬方面かな、と考えていたら、予想は見事的中、群馬の花々を中心に一回りしてきた。

 バスは渋川伊香保ICを降り、渋川市の小野池あじさい公園に。021
8000株の色とりどりのアジサイが小高い丘の中に綺麗に咲いていた。007 018

 バスは新潟県境まで走り、谷川岳ドライブインで昼食。037  

 その後、沼田方面に戻り、昭和村でサクランボ狩り。30分食べ放題ということだが、そんなに食べられるものではなかった。042

  バスは赤城山麓を登り、赤城高原白樺牧場に。061
高原一帯に10万株のレンゲツツジがあるということだが、先日の二日続きの大雨でほとんどやられてしまい、わずかに残っている程度。壮大な眺めは見事に裏切られてしまった。

 最後は伊勢崎市の赤堀花しょうぶ園070 097
2万4千株の花の中で、花しょうぶの海に囲まれているような気持ちになった。一緒に咲いたアジサイと綺麗にマッチしていた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月21日 (土)

夏至(21日)

005  24節気で夏至。
一年の内で昼間が最も長い日、とされる。
この日を過ぎると本格的な夏が始まるという意味だが、これは暦の上の話。実際はツユの真っ只中。この日も、朝からツユ空に覆われた。
ベランダのアジサイも白から赤紫に色が変わり始めた。

 通常国会も昨日で事実上の閉幕。
参院の与野党逆転といういわゆる「ねじれ国会」で、これまでにない国会運営もみられた。しかし、双方とも”不慣れ”(?)で党利党略がむき出しになったのは残念である。

 特にガソリンの暫定税率の復活。「3分の2」条項で憲法違反ではないが、もう少し論議する余地はなかったか。(原油高騰のおり、例えば税率を下げるとか)。実際これによって青息吐息の業界が出ていることは、先刻承知のはずである。
党の面子が大切か、国民生活が大切か、双方ともよく考えることである。

 8月下旬には臨時国会が召集されるそうだ。
選挙目当ての国会運営だけは御免こうむりたいものである。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年6月17日 (火)

川柳吟行(15-16日)

 今年の川柳吟行は山梨の南八ヶ岳の温泉郷、須玉温泉に。
中央道須玉ICのすぐ近く。深い緑に囲まれた宿から、山梨の山々が間近に望まれた。001

 午後2時から会議室で句会。
この日の山梨地方は、気温30度とのこと。 窓から入る涼風が何とも心地よい。

 お題の一つ「民話」でGさんは
    「ゆったりと民話も拾う一人旅」
を秀句に選んだ。作者は総合で堂々の2位。いつもながら、素晴らしい句を披露してくれた。
Gさんはというと、「民話ふと聞こえてきそう道祖神」で先生から二点句を頂いた。

 句会の後、宿自慢の露天風呂に。042
石灰質の巨大な岩をあしらった野趣満点の風呂であった。
宴会の後はカラオケと、92歳の会長を交え、おおいに盛り上がったことは言うまでもない。

 翌日は帰路の途中、南アルプス市白根でサクランボ狩りに。052
たわわに実った佐藤錦に舌鼓を打った。

 楽しい二日間の吟行であった。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月12日 (木)

遠州三大宿場町廻り(11日)

 静岡の東海道三大宿場町廻りに出かけた。

<丸子宿>
 静岡市にある東海道五十三次のお江戸日本橋から20番目の宿場。
 東海道の宿駅でも小さな宿場だが、歴史は古く、鎌倉時代につくられた宿場である。
 呼び名も面白く、「丸子」と書いて「まりこ」と読むそううだ。
 大正時代には「鞠子」と書かれたこともあり、その跡も見られた(写真)。012_2

 地形を生かした自然薯作りが盛んで、「とろろ汁」の看板を掲げた店があちこちで見られた。
 中でも江戸時代から続く「丁子屋」は有名で、安藤広重の浮世絵「東海道五十三次・丸子宿」にも描かれている。
 その茶屋も当時と同じような萱葺き屋根のまま営業していた(写真)。010_2
多くの旅人が一息入れたことだろう。
タイムスリップしたような気持ちになった。

<興津宿>
 清水市にある東海道17番目の宿場。
 身延、甲府に通ずる身延街道が分岐する交通の要だったそうだ。

 清見潟を見下ろす風光明媚な宿場で、明治のころ当時の元勲、伊藤博文、松方正義、西園寺公望らの別邸が建てられたという。
 西園寺公の別邸「興津坐漁荘」を見学した(写真)。019_2
 現物は愛知県の明治村に移築され、現在あるのは移築時に作成した図面をもとに復元したもの。
 当時は庭先は海岸で、美保の松原も手に取るように望めたそうだが、今は埋立地が広がり、その面影はない。

 近くには東海道屈指の名刹清見寺(写真)も。034_2
 また、大正天皇が皇太子のころ、父(明治天皇)と一緒に海水浴をしたことで、興津の海は有名になったそうだ。その場所には記念碑も立てられていた(写真)。036_2

<由比宿>
 由比町にある16番目の宿場。
 海と山に囲まれた温暖な気候で、今では駿河湾の特産物、桜えびの産地として有名である。

 由比本陣の跡には、きれいに整備された「由比宿本陣公園」がある。正門、塀、物見櫓など江戸時代の建物を復元したそうだ(写真)。043
 中には「東海道広重美術館」が併設されている。
 また真向かいには、幕府転覆を謀った由比正雪の生家が「正雪紺屋」として現存している(写真)。038

 遠い江戸jの頃を彷彿とさせてくれる旅であった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年6月 6日 (金)

芒種(6日)

002 24節気で芒種。
芒種とは、稲や麦などの穂の出る穀物の種のことを言うそうだ。
したがってこの時期稲の種をまき、麦の取り入れをする。

ところが、近年麦畑はとんとお目にかからなくなった。
寒風の中、麦踏みにかりだされたのは遠い昔のこと。

それもそのはず、わが国の小麦の自給率は14.1%。ほとんどを輸入にたよっているのが現状だ。したがって、原油と並んで国際的な穀物価格の高騰をもろにかぶり、パンなどの小売価格に大きな影響が出てきている。学校給食の見直しも検討されていると言う。

おりから、ローマで世界的の食糧高騰に対する「国連食糧サミット」が開かれた。
しかし、日本などが主張した穀物輸出規制排除や、農産物を原料とするバイオ燃料の見直しなどは進展がみられなかった。
それぞれの国の思惑もあろう。
しかし、食糧に関することである。
ここはひとつ、輸入にたよっている小麦や大豆の自給率の向上に真剣に取り組む時期だと思えるのだが。
食糧の安定的供給は政治の大きな課題である。

ツユに入り、ヤマボウシも立派な花を付け始めた。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月 1日 (日)

父のこと(1日)

 メル友のMさんのブログに”久しぶりに父と博物館に行った”の記事があった。
 思わず”お父さんと一緒、よかったですね”と返信した。

 父上はおそらく私より先輩であろう。
 父と娘、何ともほほえましい情景である。
 やはり父親の娘に対する情愛は、格別のものがあるのであろう。

 私には妹が一人いるが、そんなことをいつも実感していた。
 それもそのはず、若いときは何かと言うと、おふくろの肩を持っていたような気がする。
 別に深い意味があったのではないが。
 晩年、おやじとと飲み交わして、意気投合し、おふくろに心配かけたこともあった。
 せめてもの、おやじ孝行かなと、今でも思っている。

 そのおやじも逝って20年。
 今月の命日には墓参りをして、一杯酌み交わそうと思っている。

 

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »