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2011年4月29日 (金)

立川フラメンコ

 昭和の日。ゴールデンウイークの始まりである。013
 よくしたもので、気候もよくなり、行楽シーズン到来である。しかし、やはり今年は「自粛」ムードであろう。
 爺さんも毎年のことながら特に予定無し。

 恒例の立川フラメンコがあるというので出かけた。途中の公園ではハナミズキが満開、初夏を思わせる花に心踊る。
 フラメンコは今年は被災者応援イベントとして開催されただけに、ストリート・フラメンコは中止。034 屋内だけの開催となった。
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 それでも、総勢240人のダンサーが思い思いの美しい衣装でフラメンコを楽しんでいた。

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2011年4月27日 (水)

がんとの共生(4月)

 4日(月)
 通院日にて久しぶりに電車に乗る。
 JRも節電協力ということで、電車も駅構内も薄暗く何か違和感を覚える。病院の最寄駅は地下駅のため、止まった長いエスカレーターを上るのは少々難儀であった。しかし、これくらいの我慢はすべきであろう。
 ついでに書くが、当初あった計画停電、これは全くの無計画停電であった。私の地域も事前に停電の時間帯を指定され、協力すべく準備をしていたが、一度も停電はなし。不公平さが指摘されたが、むべなるかな、であった。

 さて、病院。血液検査のあと、M先生。
 開口一番、「元気そうですね」とのこと。                                    白血球は4400、赤血球も低目であるが問題は無く、明日よりTS-1を飲むことに。前回は副作用もあまり無く、2週間きちっと飲んだことを話す。

 10日くらい飲んだが下痢とだるさがでてきたので、飲むのをやめる。それに爪のひび割れも出てきた。

 16日(月)
 頭頚科の通院日である。
 レントゲンの後、新しいK先生と。若い先生だが、熱心に医療に取り組む姿勢が感じられて好感が持てた。やはり第一印象は大切である。
 内視鏡の結果も再発の兆しは見られず、これまでの治療法を続けることに。

休薬中だが、このところまた味覚の調子が悪くなる。食欲があるだけに陰鬱な気持なり。

 

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2011年4月20日 (水)

穀雨

 20日は24節気で穀雨。
 「雨が降って百穀を潤す」という意味からきている言葉だそうだ。
 この時期、やわらかい春雨が降る日が多くなるという。

 この日は朝から晴天。
 春の陽気に誘われて久方ぶりに昭和記念公園に出かけた。
 園内の渓流広場には赤、白、黄色などのチューリップの花がちょうど見ごろを迎えていた。016
 まさに春爛漫。いくつかの花を並べてみた。023 032

130品種、18万本が咲きそろうさまは見事であった。052 050 062

 園内は芝桜、ポピーもチューリップに負けじと春を告げていた。033 075

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2011年4月14日 (木)

桃源郷

 義妹夫妻に誘われて山梨の石和温泉に出かけた。007
 風もなく天気は上々の絶好の行楽日和。
 途中、中央道の藤野PAからは雲ひとつない真っ白な富士が望まれた。
 勝沼ICから一般道に。
 笛吹川対岸に広がる扇状地は生産量日本一を誇る桃の栽培エリア。ちょうど桃の花は満開であった。040
 ”ピンクの絨毯を敷き詰めた”と表現される春景が展開される中をドライブ。まさに"桃源郷”に遊ぶ境地であった。
 近くの農園で一服。菜の花とピンクの桃の花のコントラストは見事であった。027 021 032

 雪が残る南アルプスを一望し、甲府盆地に広がる満開の桃畑015 には甘い香りがいっぱいに漂っていた。

 石和温泉で日帰り入浴を楽しんだ後、山梨市のフルーツ公園に。この日の甲府盆地は24度と汗ばむような陽気。057
 雲ひとつ無い富士山が甲府盆地を見下ろしていた。

 帰りは上野原の「かたくりの里」に。時期は少し遅かったが、珍しい8弁のかたくりが出迎えてくれた。071

 久しぶりに義妹夫妻と楽しく過ごした春一日のであった。

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2011年4月10日 (日)

近隣のサクラ

 近隣のサクラがやっと満開になった。
 都知事選の投票の後、ブラリ近所を歩いてみた。
 今年も何事もなかったように咲き誇っていた。020 025 031 034 037 041 044

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2011年4月 5日 (火)

清明

 今日5日は24節気で清明。005
 桜など草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れてくる頃、とある。しかし、今年の花は遅れ気味。ベランダからの眺めもいまいちである。

 ところで、隠居生活は時間をもてあますのでは、毎日何をしているんですか、などとよく聞かれる。
 誰もが一日24時間を平等に与えられているが、昨今は時間に追われているような気がしてならない。時間の使い方が悪いのかもしれない。時間をどう使っているのか、改めて考えてみた。

 まず新聞。毎日朝夕刊はたんねんに読む。興味のある社説もである。それに最近はテレビ欄をよく見る。昨年地デジ対策で、大型の薄型テレビに替えてからテレビをよく見るようになった。特にBSの旅の番組などはよい。液晶の鮮明な風景は臨場感満点である。したがって、毎朝テレビ欄をチエックして録画しておくのが日課になっている。しかし、”撮っとく、置いとく”で、なかなかゆっくり見られず、録画はたまる一方。
 本についても同じようなことが言える。
 本屋をのぞいて、興味ある本をみつけると、今買っておかないと、とつい求めてしまう。家に帰ってパラパラと見て、ゆっくり読もうと、机の上に置いてしまう。”買っとく、積んどく”で、これもたまる一方である。さらに、最近はDVDやCD付きの書物も多く、つい年間購読を申し込んでしまう。これも毎月毎月確実にたまっていくのである。
 観なければ、読まなければと思うのであるが、、、

 その他、ルーチンなものとしては、月一回の川柳の会。毎回4句を提出、当日句3句をひねる。毎月届けてくる旅行誌を見ては月一ぐらいの小旅行、最近は日帰りであるが。それに観たい映画も多い。このところの計画停電の影響で何本か見逃しているが、えらく損をしたような気持である。
 さらには、4週に一度の通院。二つの科にまたがっているので月2回、診察の前に検査があるので一日仕事である。
 そして、こうしてたまにはブログの更新も。メールやネットのチエックも日課である。

 こう考えてみると、時間をもてあましている暇はない。
 まさに、”閑中忙あり”といったところか。

 

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