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2011年7月 7日 (木)

甲府空襲ー66年目の夏

 ひょんなことで求めた山梨平和ミュージアム編の「伝えたいあの戦争Ⅱ」の中で「毎年7月6日の正午になると防災無線から甲府市長の市民への呼びかけが流れてくる。」の一文が目にとまった。
 甲府空襲から66年、毎年続く犠牲者への祈りに心が熱くなった。

 6日昼前、甲府駅頭に。1176_005_2 
 暑い中信玄公の銅像が迎えてくれた。
 甲府市内が一望できる舞鶴城公園に向かう。1176_034_2
 甲府のシンボルともいえる謝恩塔は34度の炎天下、甲府城の石垣の上にその姿を見せていた。
 何年ぶりだろうか。高校時代まですごした甲府時代が次々と思い出される。

 正午、謝恩塔の下で防災無線の音がかすかに聞こえる。
 「甲府空襲で犠牲となられた1127名の方々に黙祷を」甲府市長の鎮魂の声である。
 この1127名の中には、幼稚園、国民学校と一緒だった近所の女の子も含まれている。わずか7歳の命だった。

 いつも、弱いものだけが犠牲になっていく戦争というものの不条理さに、思わず涙がほほを伝わった。1176_041 1176_030
 
 炎天下、甲府市街は空襲直後の惨状(写真左)をよそに66年の歩みを続けている。

 近くの県民会館で「私たちの甲府空襲記録」の展示会が開かれているというのでのぞいてみた。実物の焼夷弾1176_039 も展示されており、地獄絵のような空襲のあの夜をまざまざと思い出させてくれた。http://kubokawa.cocolog-nifty.com/blog/2005/07/post_fde4.htmlしばし、ノドの乾きも忘れて立ちつくした。

 
 

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コメント

昨日甲府へいらしたのですか?甲府も戦争という愚かな犠牲になったのですね。ま 人間はいつもいつも争う事が好きな愚か者の集まりなのでしょう。昭和天皇をカリスマに奉り国民は全員洗脳されていましたね、学校では先ず毎朝海ゆかばを歌わされていました。国を動かす政府は常に常におろかで今の民主党となんらかわりませんね、ところで義捐金の行方は一体ドウナッテイルノデショウカ?又松本復興大臣とやらのあの
態度ああいう考えの議員ばかりいると思うと被災者がかわいそうです。
困った国ですね。


投稿: とも子 | 2011年7月 7日 (木) 21時26分

こんにちは。
私の中で、多くの痛々しい犠牲を払った戦争と福島原発事故の犠牲者が重なります。
そして戦後の年月は、国民にどれほどの主権者意識と民主主義を醸成したかと考えさせられます。すると悲しい気持ちになります。

投稿: ソナタ | 2011年7月 7日 (木) 22時35分

 とも子さん 今日は。
 暑い中、空襲記念日に甲府に行ってきました。66年の歳月をかみしめてきました。
 混迷の政治で被害をこうむるのは我々国民です。
 戦前もしかり。昨今の政治のありようも同じようなことが言えますね。
(コメントのダブリ、気にしないでください)


 ソナタさん 今日は。
 おっしゃるように、いつの時代でも政治の犠牲になるのは国民ですね。
 戦後の政治をみても、その風土の低さを実感します。同じ敗戦国でも、ドイツやイタリアのような主権者意識がないものかと、思いますね。

投稿: KUBO | 2011年7月 8日 (金) 10時50分

KUBOさん こんにちは♪
暑中お見舞い申し上げます。
梅雨が明けて猛暑が続いていますね。
暑い夏が来ると戦争のこと
考えさせられます。
昔はクーラーなかったけど
どうしてたんだろう?????
お体大事にして下さいね。
夕方5時過ぎると日がかげるので
その時散歩されるのお勧めします。

投稿: ruca | 2011年7月10日 (日) 11時24分

rucaさん、今日は。
 東京地方も昨日梅雨が明け、今日は朝から真夏日が続いています。
 私はクーラーは好きでないのでよほどのことがないとつけません。もっぱら窓を開けての自然クーラーです。これから、まだまだ暑さは続きそうですね。

投稿: KUBO | 2011年7月10日 (日) 12時31分

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