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2013年8月15日 (木)

終戦記念日

 15日正午、喧騒の甲子園球場が一瞬、静寂さに包まれた。005

 鎮魂と平和への祈りの時が静かに流れた(熊本工対作新学院戦、NHKテレビより)。

 68回目の終戦記念日である。
 終戦時生まれた人は還暦をとっくに過ぎ、古希を迎えようとしている。
 時の流れをかみしめる。
 それぞれの感慨があることだろう。

 私はこの時、国民学校2年生。
 7月に空襲で焼け出され、家族一緒におやじの実家に身を寄せていた。
 今日と同じような暑い日であった。
 戦争が終わった、という意味はあまりよくわからなかったが、大の大人が涙を流している様子を、奇異に感じたのを覚えている。

 あれから68年。
 平和の尊さを忘れたことはない。
 空襲の悲惨さ、戦争の惨たらしさはどんなことがあっても繰り返してはならないと、思うのである。

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コメント

KUBOさん

こんばんは
私の父は昭和7年生まれ。
戦争については、あまり、話しません。きっと、色々あったに違いないですが・・・

今の若い子達に、戦争について、平和について、もっともっと、伝えて、考えて、いかないと、いけない時代にきていると感じました。

私みたいな、若い子達の両親が、戦争知らないと、上手く伝えていけないですよね

私は、子ども達を、戦地に行かすなんて、そんな事、辛すぎて、考えられないです
でも、この思いは、今も、戦時中も、母親なら、同じだと思います。

お盆の、8月15日が、終戦記念日というのも、何か、意味があるのかもしれないです。

投稿: まこ | 2013年8月15日 (木) 21時36分

まこさん 今日は。
何回となく終戦記念日を迎えましたが、平和の尊さを忘れたことはありません。やはり、戦争の悲惨さを体験しているからでしょうか。
68年もたちました。
だんだん体験者も少なくなっていきます。
子どもや孫達のためにも、なんとしても、この愚かな行為は繰り返させてはいけませんね。

投稿: KUBO | 2013年8月16日 (金) 10時45分

こんにちは。
私の父は、戦地から結核で返され、数年後に30代で死にました。(抗生物質は父が死んだ2年後位にできた様です)
父は戦死者ではないので、遺族の母には何の保障も無かったらしいです。
なので私は貧しい母子世帯で育ちました。父親が居れば、どんなに良かったかと思います。母も苦労の末に54歳で亡くなりました。
今内閣は多数派を傘に、改憲に向かって助走し始めました。何とか阻止したいです。

投稿: ソナタ | 2013年8月16日 (金) 11時08分

ソナタさん 今日は。
やはり戦争でいろいろご苦労なさったんですね。
私達はそういう苦労を忘れてはなりませんね。
そして、つぎの世代の人達には絶対に同じ苦労を味わわせてはいけないと、痛感しています。

投稿: KUBO | 2013年8月16日 (金) 11時34分

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