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2016年1月29日 (金)

時おりの言葉(3)

 本当の民主主義とは、平和主義とは、立憲主義とは何なのかを、誰もが真剣に考える時がきたといえる。
(2015.1.28)
 昨年は安保法制をめぐって国会の内外でもこれらの言葉が飛び交い、不特定の老若男女が参加してデモや集会が行われた。これらは決して動員されたものではなく、自然発生的に行われたところに大きな意味があると思える。
戦争に対する不安が顕在化したのであろうか。
 ところで、民主主義という仕組みは必要不可欠であるが、十分であるとはいえない。民主的に選ばれた政権が専制的な政治を始めた例は多い。時の多数派であっても決してしてはならないことを憲法で定めておき、民主主義の暴走を防ぐのが立憲主義なのである。
 日本国憲法では国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つを侵してはならないと定めている。
時の政府がいかに民主的な方法(多数決で)であってもこの原則を侵してはならないのである。
 主権者である我々はしっかり監視していかねばならないことは言うまでもない。国民の義務として。

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2016年1月21日 (木)

大寒

 今日21日は24節気最後の大寒。
1年で最も寒い時期である。
やはり全国的に厳しい寒さが続いている。
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首都圏でも18日には今冬初の本格的な雪となった。(写真は午前7時、ベランダからの様子)。
この日は朝から交通機関は大混乱した。
毎年予想されることだが、なぜか抜本策は講じられない。
年に一度か二度ぐらいのことに莫大な予算はかけられない、ということか。まー年に一日ぐらいは利用者に我慢してもらおう、ということかもしれない。
多摩地区の2,3の自治体が今年始めて雪徐車を導入したことがニュースになったぐらいだ。
こればかりは備えあれば、憂いなし、とはいかぬようだ。

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2016年1月17日 (日)

「時おりの言葉」(2)

 馬の耳に念仏、馬耳東風、馬が合う、生き馬の目を抜く、馬齢を重ねる、馬脚をあらわす、じゃじゃ馬、人間万事塞翁が馬、、、
(2014.1.19)
 その他猫に小判、豚に真珠、犬も歩けば棒に当たる、、、など動物を引用した言い回しや諺が多い。
 今年の干支申も猿も木から落ちる、猿芝居、猿智恵、猿まねとかんばしくない言い回しが多く、目を剥いてキーキー怒っているかもしれない。
まー特定の人間を使ってこんなことを言うと物議を醸すかもしれないが、動物ではご愛敬といったところか。中には思い当たる人もいるかもしれないが。

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2016年1月13日 (水)

初雪と初氷

 昨日は朝起きたらどんより鉛色の空に肌を刺すような寒さ。「雪でも降りそうだな」とかみさんに話したところ、「もう降りましたよ。初雪だそうです」とのこと。
例年より29日も遅いそうだ。
それも明け方チラチラ舞った程度だが、初雪となったらしい。

Cimg2084_640x480_2Cimg2095_640x480_3 午後には空も明るくなってきたのでこの日
一日だけの青梅のだるま市に出かけた。
家内安全を願いだるまを求めてきた。

 今朝は青空いっぱいの好天気たれど-0.9度と、今冬初の氷点下を記録。薄氷もはり、初氷となった。これも観測史上最も遅い記録ということだ。
 暖冬と言われているが、それをいみじくも実感した昨日今日の”冬”であった。

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2016年1月 6日 (水)

小寒

 今日6日は24節気で小寒、寒の入りである。
冬の寒さが一番厳しい時季になる。
ところがである。今年は元日から穏やかな日が続き、4月上旬の気候とか。
文字通りの新春で、地球温暖化などという言葉は使いたくない気持ちである。
しかし、この日から”寒”、節分までは寒い日が現れるであろう。

 ところで、寒というと、白装束で身を包み、団扇太鼓を打ち鳴らしながら冬の夜空の中を歩く修行僧の一団を思い出す。
いわる「寒行」である。
小さい頃の記憶だが、この一団が怖くて、太鼓の音が聞こえると部屋の隅で小さくなっていたものだ。
言うことを聞かないと、母から「寒行が来るよ」と言われると、てき面だったそうだ。
 そんなことをフト思い出した。

Cimg2079_640x480 穏やかな正月。
色彩の乏しい冬枯れの中で、艶やかな真っ赤な実の万両が春を感じさせている。

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2016年1月 3日 (日)

「時おりの言葉」(1)

 悠々自適といってもなかなかそうもいかない面もあります。
でも、本や新聞を心おきなくじっくり読める時間があるということは、幸せなことです。
 そんな日々の中で、感動した言葉や素晴らしい表現に出会い、「オッ」と思うことがしばしばあります。
 ところが、年のせいでしょうか、それらの言葉もいつか知らぬ間に忘れ去っています。
 「これはもったいない。少しでも記憶に留めたい」と、5年ほど前から、おりおりにそれらの言葉をノートに書き写しておくことにしました。そのノートも3冊目。しかし、これも書きっぱなしに終わりそうな気配がしてきました。
 そこで、もう一度見直そうと決意し、ノートに写した言葉をそのまま引用してブログにしたためてみました。
 題して「時おりの言葉」。
 はたして、記憶に残るでしょうか、、、

 まっさらな顔で始まった1年を、私たちはどんな表情で振り返ることになるのか、できるならそれぞれ、眉間(みけん)のしわよりも目尻のしわが刻まれんことを。
(2015、1,1)
 1年前の言葉であるが、いま考えてみると、どうも眉間のしわの方が多かったような気がする。今年はやはり、目尻のしわが多くなってもらいたいものだ。
 

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