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2016年2月28日 (日)

時おりの言葉(6)

 感情とはある意味でわがままで、理不尽な力であり、それ自体を完全に消し去ることはできません。ただし、理性の光を当てることのよって、それを変質させることはできる。
(2014.2.24)
 人は感情によって動かされる動物であると言われている。また、いわゆる動物との唯一の違いは理性があることだとも言われる。
とは言っても、感情を理性で変質させることはなかなか難しい。
私自身感情が優先してしまって苦い経験をしたことが、何度あったことか。しかし、最近ではそいうことは少なくなった。やはり歳の功なのか。それとも外部との接触が少なくなったためなのか、わからない。

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2016年2月19日 (金)

雨水

 今日19日は二十四節気で雨水。
空から降るものが雪から雨にかわり、氷が溶けて水になる頃。
水温む季節の到来である。
関東地方では5日ほど前に春一番が吹いた。
この日東京地方の最高気温は4月上旬なみの16・5度を記録したそうだ。
とはいっても、本格的な春の訪れはまだ先のことだ。
大雪が降ったりする。
三寒四温を繰り返しながら、春に向かっていく。
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ベランダのクリスマスローズが可憐な花を付けている。

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2016年2月18日 (木)

時おりの言葉(5)

 艶(あで)やかな桜に比べて、梅には「凛(りん)」の一字がよく似合う。
(2015.2.15)
 花というと桜をすぐ連想するが、最近はよく梅の花が脳裏に浮かぶ。恐れ慎むような、身が引き締まるような感じである。
それだけ歳をとった、ということだろうか。
あちこちから梅の便りが聞かれる昨今である。

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2016年2月16日 (火)

誕生日

 78歳の誕生日を迎えた。
誕生日といっても、近年は冥途に一歩近づいたか、ぐらいにしか思っていなかったが、この78という数字にはいささかの感慨を隠し切れない。
 ”俺も78になったか”、驚愕とも安堵とも言えない妙な気持である。

 この歳になると、友人、知人の訃報が毎年にように入ってくる。その度にいいようのない寂寥感に陥ってしまう。
 この8日は学生時代の友人Y君の1周忌であった。
彼の長男から12月に欠礼の通知がきて驚いた。
米子在住でもあり、仏前にお参りもできなかったので、せめてもの気持ちとして線香を送らせてもらった。その夜長男氏から「父も喜んでいると思います。有難うございました」という丁重な電話をいただいた。初めて耳にするご長男の声にY君の面影が脳裏を横切った。

 話はかわるが、同い年のメル友のT君から「孫の一番末が12歳、彼女にワインを飲ませるまであと8年生きるつもりです」のメール。落ち込んでいた気持ちに、何か勇気を与えられたような気がした。
 そういえば、私の末の孫娘もこの4月から中学生。俺も彼女とビールで乾杯するまで生きるぞ、、、と思ったりした。
 ”老人よ大志をいだけ”か、、、

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2016年2月 8日 (月)

時おりの言葉(4)

 「雑」という字には不思議な味わいがある。雑貨、雑炊、雑誌、雑談、、、とあれやこれや身の丈の親しみを醸しだす。
(2014.2.4)
そういえば、このブログ、”時おりの言葉”のカテゴリーも身辺雑記。

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2016年2月 4日 (木)

春分

春分ー二十四節気の始まりである。
春の気が初めて立つ頃で、この日から”春”になる。
まだまだ寒い日は続くだろうが、冷たい風の中にも、草木は芽を出し始め、少しずつ春の兆しが見えてくる。
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家の鉢植えの春ばらも綺麗に咲き始め、春の香りを漂わせている。

ところで、首都圏の私立中学の入試がスタートし、400校(定員約4万1千人)に、約4万5千人が挑戦しているそうだ。
孫娘もその内の一人で、当方外野とはいえ、やはり気が休まらぬ日が続いた。

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