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2016年4月28日 (木)

時おりの言葉(12)

 あまりに重い介護負担を背負うと、家族の善意がすり切れ、「死んでくれた方がましだ」と思ってしまう限界状況が訪れる。
(2014.4.23)
 この悲しい願望を自ら作り出す現実が実際に起きている。
今月初め兵庫県で82歳の夫が79歳の妻を電気コードで絞め殺す事件があった。夫はその足で警察に出頭したが、認知症で10年近くも寝たきりの妻を一人で看病し続けていたという。そして部屋には「もう限界だ」という書置きがあったとういことだ。

 どんな気持ちだったことだろう。                     手のつけられないほどの悲劇を感じてしまう。
この夫一人だけの話しではない。
少子高齢の社会の中で、こういう人達にこそ社会がまず救いの手を差し伸べなくてはならないのではないか。
いたたまれない気持ちである。

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コメント

こんにちは♪♪
こういう悲惨な事件が時々起きますね。
その度に私は、どうして社会的な援助を探して見る事に思い付かなかったのかなと残念に思います。
勿論ヘルパーさんを使ったとしたら、小額でも費用が掛かる訳ですが、殺人をするまで追い込まれることはないと思うからです。
国が、詳しいことを国民に知らせないようにする現実がありますが、介護保険料を負担しているのに、どうそれを使えば良いかと言う知識を必要な人には是非持って欲しいのです。悔しくなりますね。

投稿: ソナタ | 2016年5月 1日 (日) 16時40分

ソナタさん 今日は。
ひと昔前にはこんな事件は無かったように思います。
人の寿命が伸びることは結構なことですが、ただ生きてさえいればいい、ということではないと思えます。
やはり、健康寿命という考え方が大切ではないでしょうか。

投稿: KUBO | 2016年5月 1日 (日) 17時50分

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