2009年5月 2日 (土)

都内の花めぐり(1日)

 薫風薫る五月。
 一年中で一番好きな季節である。
 GWは遠出をさけ、都内の花めぐりに出かけた。

 文京区根津の根津神社010 006

 7千坪の境内に50種3000株のつつじが咲き乱れる。
 今年は開花が早く、時期が少し遅かったが、遅咲きの花が満開であった。

 足立区西新井の西新井大師037 035 049

 「西の長谷寺、東の西新井」、と言われるぼたんの名所である。
 ここも少し遅かったが、境内には50種のぼたんが植えられ、「ぼたん大師」とも言われているそうだ。

 葛飾区の柴又061 064 070

 「花より草だんご」、ならぬ「寅さん記念館」を見学した。
 館内は寅さんの雰囲気でいっぱい。
 昭和30年代の帝釈天参道の町並みの精巧な模型、寅さんの実家「くるまや」の映画のセットなどががそのまま展示されていて、なつかしい一時であった。

 江東区亀戸の亀戸天神085 113

 江戸時代から「亀戸の藤」といわれる藤の名所である。
 汗ばむような陽気の中、しばし散策を楽しんだ。
 
 

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2009年4月 9日 (木)

お花見ミステリー(8日)

 桜の満開に合わせたように、このところ好天が続いている。
 この日も朝から絶好のお花見日和。
 「お花見ミステリー」のツアーに出かけた。
 桜は当たり外れがあるが、行き先わからずのミステリーだけに、その日の見頃の場所に連れて行ってくれるというのがミソ。

 バスは常磐道の水戸ICから降りて偕楽園隣の千波湖に。018 026

水辺のサクラが何とも美しい。
偕楽園とは橋でつながっており、観光の名所になっているそうだ。
周りは公園になっており、SLの展示も。

 次いで雨引観音。坂東三十三所第24番霊場である。054 045 040

朱色に塗られた山門に満開のサクラがよく似合っていた。
本堂の落ち着きのある朱色もサクラの中にひっそりとたたずんでいた。

 最後は磯部桜川公園に。075

古くから”西の吉野、東の桜川”と並び称されるほどのサクラの名所だそうだ。
珍しい種類のサクラが多いことから国の天然記念物に指定されている。

 今回は有名なサクラの名所というよりか穴場廻りの感が強かったが、それなりに満開のサクラを楽しませてもらった。 

 

 

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2009年4月 4日 (土)

金沢ぶらり4日間(31、1,2,3日)

 <一日目>

”金沢自由行動4日間”のツアーに出かけた。
バスは圏央道、関越、上信越、北陸道とひた走る。
富山県の平野部からの立山連峰はまだ真っ白な雪に覆われていた。138

埼玉、群馬、長野、新潟、富山、石川と6県を通り、途中4回の休憩をはさんでの7時間の長丁場であった。
金沢に着いたのは3時過ぎ。
バス好きのGさんにとっては快適な車内であった。

 <2日目>

朝からあいにくの雨である。
午後から金沢定期観光バスに乗る。
まず金沢市立安江金箔工芸館に。
金沢箔は全国生産量の100%近くを占める伝統産業である。026
1万分の1ミリという薄さに作る製造用具や工芸品が展示されている。
金箔入りのお茶をご馳走になった。

ついで、ひがし茶屋街
石畳の両側に今も昔の面影を残すお茶屋建ての古い家や料亭が軒を連ねている。
031

茶屋を一箇所に集めるという藩の政策でこの界隈が出来たという。
江戸時代の色町の特殊な情緒をかもし出していた。

長町武家屋敷跡に。044
加賀藩の中級武士の屋敷が並んでいた一角という。
木羽板葺きの屋根のついた黄土色の土塀が立ち並ぶ。
今にも二本差しが出てきそうな雰囲気であった。

 <3日目>

駅前からバスで兼六園に。
広さ3万坪。岡山市の後楽園、水戸の偕楽園と並ぶ日本三名園の一つである。
六つのすぐれた景観を兼ね備えていることから、その名が付けられたそうだ。055

霞ケ池の北側に配置された「ことじ灯篭」は兼六園を代表する景観である。
琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ていることからその名が付けられてそうである。063 056
桜にはまだ少しはやかったが、手入れの行き届いた園内はしっかり春の香りが漂っていた。

次いで、隣接する金沢城に。
百万石の城下町のシンボルである。
戦国時代は本願寺門徒の一向一揆の拠点であったが、その後、前田利家とまつがその礎いをきずいたと言う。080 084
天守閣などは残っていないが、象徴的な石川門、や石垣は見事であった。

 <4日目>

福井の永平寺に向かう。
曹洞宗の大本山である。
760年前、道元によって開創され、境内は10万坪。
三方を山に囲まれ、中に大小70余りの建物が並んでいる。
樹齢約700年といわれる老杉の中に静寂さが静かな音を立てているようであった。123 108
111 70余の建物は回廊によって結ばれている。
急斜面に建てられているので、急な階段を上るのに息がきれるほどであった。
また禅僧の修行の場としても知られ、一般の体験修行も出来るそうだ。110

雪深い寺も春のたたずまいに包まれていた。

昼食は名物の永平寺そば、もう一つの名物ごま豆腐も添えられてあった。

東京に帰ってきたら桜は満開。
明日は、24節気で清明
万物がすがすがしく明るく美しいころ、とある。
ところが、この日は、北朝鮮のロケット打ち上げ騒動で列島は騒然たる一日であった。
明るく美しい世界は、、、




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2009年3月20日 (金)

吉野梅郷・越生梅林(19日)

 梅林廻りに出かけた。
 まずは吉野梅郷035_4 055_2 016_3      

 JR青梅線日向和田駅から二俣尾駅までの多摩川の南側に広がる地域で、約2万5千本の梅がある。
 その中心にある青梅市梅の公園は1500本の梅がある山の斜面を利用した自然公園である。
 今年は梅の開花が一週間ほど早い、と言うことで心配だったが、ちょうど満開。
 ふくいくとした甘い香りに全身を包まれた。この日は気温も20度を越え、まさに春爛漫であった。

 次いで越生梅林。087 089

 三戸の偕楽園、熱海梅林とならんで関東三大梅林の一つである。
 こちらは盛りを過ぎており、残念であった。

 帰りは小江戸川越に。093 097

 「時の鐘」などがある蔵造りの町並みを散策。
 春の一日を楽しんだ。

 明日は春分。春も半ばである。
 

 

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2009年2月20日 (金)

袋田の滝(19日)

 「氷瀑の袋田の滝}のキャッチフレーズにつられてツアーに参加した。

 まず茨城の那珂湊港で腹ごしらえ。006
 さすが、漁港だけあって新鮮な魚介類がズラリである。
 大ネタ寿司の昼食。

 バスは奥久慈の袋田の滝に。
 日光の華厳の滝、和歌山の那智の滝にならぶ日本三名瀑のひとつである。何回か来ているが、今回は氷結が目当て。ところが、降雨のためわずか二筋くらいが凍っているだけ。013
 先月半ば頃は7割近くが凍ったそうだが、残念であった。
 以前は全面凍結し、ロッククライミングならぬアイスクライミングを楽しむ姿も見られたと言うことだが、温暖化の影響か。
 そいいえば、この日は24節気の雨水
 雪が雨に変わり、氷が融けて水になる頃、とあるが、、、016_2

 でも、昨年9月にオープンした新しい観瀑台は素晴らしかった。第一観瀑台からエレベーターで30秒。これまでのものより51メートル高いため、最上段を含めて滝の全景を見ることができた。

 次いで、オオハクチョウの飛来地、古徳沼に。
 毎年70羽ほどが越冬のためシベリアからやってくると言う。041 054
 コガモやカルガモと共生していた。

 
 

 

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2009年1月29日 (木)

三島・沼津方面(28日)

 三島・沼津方面に出かけた。
曇天の寒い朝であったが、バスの中は快適。

 まず、三島大社に。016_2 008_2
 創建は定かでないが、奈良・平安時代の古書に記録が残っていると言う。
いわゆる神社の中にも格があって、大社というのは最上位だそうだ。
出雲大社、諏訪大社などが、思い浮かぶ。

 次いで、柿田川湧水028_3
 富士山の雪解け水が長い年月を経て、柿田川に涌き出ている。
日に100万トンの水量のすべては、湧き水だそうだ。
みちろん、生活用水にも使われており、富士の大きな恵みである。

 昼食は沼津魚市場で。036_4

 新鮮な魚介類がズラリである。

 帰りは熱海梅林に。
梅祭りも開かれていたが、3分咲きといったところ。054_3 057_2
水仙が彩りを添えていた。

 沿道には早咲きの熱海桜が花を開いていた。069_2

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2009年1月 4日 (日)

初詣ミステリー(31,1,2日)

 <1日目>
 「初詣ミステリー」なるツアーに参加した。行き先わからずの旅である。
総勢95名、2台のバスに分乗である。
正月は家で、と言う考えが稀有になったのか、それとも核家族化のあらわれなのか、かく言うGさんもその一員である。

 バスは東名道を西に向けてjひた走り。雲ひとつ無い好天の中、白銀を頂いた富士がまぶしく輝いていた。
愛知県豊川ICで下り豊川稲荷に。008 大晦日ということで混雑もなく、ゆっくり境内を散策できた。「おいなりさん」と言われるだけあって1000体以上の狐の石像が安置されている様は見事であった。031 025         

名古屋市内のホテルに。
名古屋での除夜である。

 <二日目>
 同じホテルに連泊とあって、デジカメだけ持って乗り込む。
バスは高速を2時間ほど走って三重県の003 伊勢神宮に。070_2

神宮の表玄関と言われる五十鈴川にかかる宇治橋は参拝客でいっぱい。
玉砂利を踏みながら初詣をすませた。047 008_2

沿道の「おはらい通り」や「おかげ横丁」は人、又人の行列である。
かの赤福本店も伊勢名物を求める人で行列をつくっていた。

 バスは、そこから伊勢湾の二見浦に。030
海面に出た9メートルの男岩と4メートルの女岩を大きなしめ縄で結んだ夫婦岩を見学した。太いしめ縄、赤い糸とはこんなものかな、と思ったりした。

 <三日目>
 朝一で名古屋市の熱田神宮に。036
ここも多くの参拝客でにぎわっていた。
大都会の中心にありながら、境内は多くの樹木に囲まれており、041 中でも弘法大師のお手植えとされる樹齢1000年以上と言われる「大楠」は見事であった。

次いで岡崎市の岡崎城に。家康出生の地である。049
5階の展望階まで、各階に展示された家康ゆかりの史料を見て回った。

 バスは愛知県を後に、中央道に入り、恵那峡ICから妻籠宿に。
中仙道の宿場町である。
江戸時代にタイムスリップしたような気持ちで、しばし散策を楽しんだ。061

 盛り沢山の”初詣”であった。

 

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2008年12月19日 (金)

浅草・羽子板市(18日)

 歳末の風物詩浅草寺の羽子板市に出かけた。
浅草に行く前に築地の場外市場に。009

この日はコートを着ていては汗ばむほどの陽気。
市場は買い物客で身動きができないほど。
ここだけは不景気の風は感じられなかった。

 次いで、浅草に。025
暮れの17,18,19日の三日間、浅草寺境内に江戸時代のままの情景が展開される。
羽子板市の起源は「邪気を跳ね返す板」として、女の子の成長を願う風習からきているという。孫娘のために、小さなものを一つ求めた。
羽子板が売れるたびに、あちこちから威勢のいい手締めが響き渡り、師走の雰囲気いっぱいであった。012 048

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2008年10月30日 (木)

紅葉ミステリー(29日)

 紅葉を求めて、のミステリーツアーに参加する。
到着するまで行き先はわからない。

 バスは東北道をひた走る。

 西那須野インターで一般道に。先日来たばかりだったが、これはしかたがない。
「温泉と滝と吊橋の町」塩原に。バスは塩原渓谷を左手に見ながら七つ岩吊橋に着く。053
 

 周りの木々も色よく染まり、箒川の清流とよくマッチしていた。

 次いで紅の吊橋に。076 付近の紅葉も進んでいた。073  

 バスは日光方面を目指し「日塩ものじライン」の峠を上り始めた。塩原と日光を結ぶ山道である。さすが、標高を増すごとに、木々の色付きも増していた。096

 途中白滝で一休み。102
 随所にいくつかの滝が見られたのも嬉しい。 

 最後は龍王峡
 鬼怒川の長い年月の侵食によって出来た迫力ある景観は、素晴らしいものであった。120 130 140
 
 

 

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2008年10月13日 (月)

両国・ぶらり散歩(12日)

 東京・両国で「大江戸両国・からくり祭」が開かれているというので、ぶらりと出かけた。
JR両国駅西口から回向院にかけての国技館通りに飲食店や小間物、菊人形などのよしず小屋がずらりと並ぶ。
053 002
鼠小僧を追いかけるとりかたの菊人形、015_3 大道芸と江戸の賑わいを再現していた。

回向院は振り袖大火から関東大震災の犠牲者をともらっている。鼠小僧次郎吉の墓があるのでも有名だ。018

足を延ばして赤穂浪士が討ち入った吉良邸跡に。035
現在はこじんまりとしたたたずまいだが、中には「首洗いの井戸」も保存されていた。034

よしず小屋に戻り、一杯500円也の両国名物チャンコに升酒で一休み。
下町情緒をたっぷり味わった一日であった。

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2008年10月 2日 (木)

信州赤ソバの里(1日)

 信州・箕輪町の赤ソバの花が満開だと言うので出かけた。
駐車場から細い山道を登ること20分。眼下に広がったのは、目をみはるばかりの赤いじゅうたんであった。009 007 023
先日、戸隠で白いソバの花は見てきたが、赤ソバの花は初めて。
思わず「すごい」と声が出てしまった。
何とも素晴らしい景観であった。

赤ソバはヒマラヤ(ネパール)が原産で、それを品種改良し「高嶺ルビー」と呼ばれているそうだ。霜に弱く、霜が降る今月中旬頃までが、見頃とのことだ。

 ついでに、白樺湖に。「黄金アカシアの森」を散策する。063 072
綺麗に色付いた秋があった。077
近くには、淡い藤色をしたユリ科のコルチカムの群生も。
この花は一つの球根から沢山の花を咲かすそうだ。

 信州の”秋”を満喫した一日であった。

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2008年9月22日 (月)

斑尾高原(17日ー20日)

<1日目>
 3泊の予定で北信濃の斑尾高原に出かけた。
バスは関越道、上信越自動車道を走り、午後2時過ぎに飯山市の斑尾高原に。004_5
標高1000メートルの高原リゾート。
付近には約100軒のホテル、ペンションが点在する。
初秋の清々しい空気が何とも心地よい。

<2日目>
 
午後からのホテルのオプションツアーに参加する。
黒姫高原のコスモス園に。   
048 031  コスモスとダリアが小高い丘の上に綺麗に咲きそろっていた。
付近をしばし散策。
放牧された牛ののどかな風景も見られた。070

次いでイモリ池 に。
かつてイモリが生息していたことからそう呼ばれているそうだ。
妙高山もくっきり望まれた。080

最後はナウマン像で有名な野尻湖に。095
黒姫山を背景に夕日がきれいに湖面をそめていた。

<3日目>
 同じオプションで戸隠の一日観光に。
まずは戸隠神社に。112 123       
静寂に包まれた参道を歩くこと20分。
山門を過ぎると樹齢400年を超える素晴らしい杉並木が広がっていた。

昼食は名物、戸隠蕎麦をいただく。

マイクロバスの運転手は地元の人。
隠れた穴場に案内してくれたのは嬉しい。
その一つ、ソバ畑は絶景であった。   
001
最後は中野市の高野辰之記念館に。017
  ♪ ウサギオイシカノヤマ
    コブナツリシカノガワ
で有名な「故郷」の作詞家である。
その他「春の小川」や「朧月夜}などを手がけた。
なつかしい唱歌が流れる館内を一回り。思わず小学唱歌を口ずさんでいた。

初秋の戸隠を堪能した一日であった。

<4日目>
最終日は午後の出発まで寺の町、飯山観光に。
バスが下りながら運転手さんが「右側は長野県、左側は新潟県です」と話してくれた。まさに県境を走ったわけである。

まず北竜湖に。026
真夏のような暑さであったが、木陰に入ると涼風が気持ちよい。
台風の影響が心配されたが、日本海よりということで、ずっと天気に恵まれたのはラッキーであった。

次いで、神戸の大イチョウ034
樹齢数百年といわれ、何かパワーをもらったような気がした。044_2

里山の原風景を楽しんだ半日であった。

 
  

  

 

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2008年8月21日 (木)

初島(20日)

 暑い最中であったが、初島に出かけた。
遠くからは何回か見ているが、"上陸”は初めてである。001

 熱海港から船に。
800人乗りの大きな船は熱海を後に相模湾に浮かぶ初島を目指した。
海風が何とも心地よい。
乗ること25分、初島に着岸。048

 周囲4キロのこの島は、海底が隆起して海に姿を現した島だそうだ。
周遊道が完備されており、一周約1時間とのこと。
早速散策に。
たちまち汗が吹き出したが、木陰に入ると潮風が汗を取ってくれた。018

 点在する施設や景色を見ながらゆっくり廻ってみた。021 020

ギラギラした夏の海、ソテツの青々しさ、離島ならではの眺めであった。016
途中、ダイビングセンターではダイバー達のこんな姿も。

 びっしりかいた汗にたまらず、「島の湯}に立ち寄る。033
海水を使った海泉浴とのこと。
海岸線ギリギリに作られた露天風呂は、さすがに一汗も二汗も流してくれた。

 次いで、林道を通って「初島灯台」に。
日本で15番目の登れる灯台だそうだ。044
360度見渡せるダイナミックな眺望であったが、晴れた日には見渡せる房総半島や富士は拝めなかった。

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2008年8月 7日 (木)

立秋(7日)

 24節気の立秋。
 秋の気配が表れる頃とされるが、実際は残暑厳しく、まだまだ猛暑が続くことであろう。

 この日、「ひまわりフェスティバル」が開かれていると言う東京・清瀬市に出かけた。
2万平方メートルの畑の中に10万本のヒマワリが密生していると言う。011

さぞかしと思っていたら、何と皆さん頭を下げて歓迎(?)してくれるではないか。
いつも、ワンテンポ遅れているGさんのこと、こちらも頭を下げようと思ったが、あまりの暑さに止めた。
でも、中には、けなげに咲いていてくれたいくつもの花もあった。   015_2 021_2

 帰り道、桜並木の中でニイニイゼミの鳴き声を聞いた。
暑い暑いと言っても、やはり、季節は夏から秋に少しずつ動いているのであろうか。

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2008年8月 6日 (水)

ミステリーツアー(5日)

  「花の新名所ミステリー」と銘うったツアーに参加した。
勿論行き先はわからない。ただパンフレットにはいくつかのヒントが書かれている。
その一つには、新名所!一面に広がる○マ○リの群生地とある。
この時期ヒマワリかなと思っていたら、バスは関越自動車道の東松山ICから一般道に。
国営武蔵丘陵森林公園であった。015
017

 ○○はヤマユリ。係りの人に群生地に案内してもらう。盛りは過ぎてしまっていたが、自生するヤマユリを見ることができた。
ヒマワリとヤマユリか、と思わず苦笑。看板に偽りはなかった。028 041

 森林と言っても、この日は風もなく、不安定な気象のせいかムッとする湿気。サウナに入っているようで、たちまち汗が吹き出した。
係りの人の案内でコリウスとハゲイトウを見る。
コリウスは観葉植物として知られているが、一面に色とりどりに植えられている様は見事であった。

 次いで昼食は○○食べ放題(60分)。
○○は素麺であった。搾り出した汗の後の、冷たいビールは極楽であった。

 昼食後、長瀞に。050 天然記念物の○○散策は、岩畳。
何回か来ているが、この日は前夜からの雨で水は濁っていた。

 バスは秩父の山並みを超え、雁坂トンネルに。
わが国の一般国道の山岳トンネルとしては最長の6625Mとのこと。
通り抜けるのに10分。開通して10年だが、死亡事故ゼロを更新しているそうだ。パンフには載っていなかったが、ここも今回のツアーの魅力の一つでは、と思った次第。

 トンネルを抜けるともう山梨県。
中央道を雷雨の中の帰途となった。

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2008年7月19日 (土)

入谷朝顔市(18日)

087_055  入谷の朝顔市に出かけた。
例年、朝顔市は曜日に関係なく7月6日~8日に開催されているが、今年は洞爺湖サミットの警備の関係で、18日~20日に延期されての開催。
出荷農家は開花を遅らせるのに苦労したそうだ。

 今年も猛暑の中の市開き。087_058
暑いのは覚悟の上だが、会場に着いたら、一転俄かに掻き曇り、大粒の雨が。凄まじい豪雨の出迎えを受けてしまった。
雨宿りをしながら、かろうじてあんどん仕立て、一鉢を求めてきた。

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2008年7月10日 (木)

駿河湾クルーズ(9日)

 駿河湾クルーズツアーに出かけた。
まず、アサヒビールの神奈川工場に立ち寄る。001
工場を一回り見学した後、できたてビールの試飲に。
これもお目当ての一つ。さすが、できたて。クリーミーな泡が何ともいえない。家庭では飲むことのできない味である。
時間制限はあったが飲み放題。大きなグラスに三杯、ほんのり良い気分になった。

 次いで山北町の「酒水の滝」に。「しゃすい」と読むそうだ。011
酒匂川の源流滝沢川から流れ落ちる滝で、日本の滝百選の一つ。
三段の滝からなっており、合計115メートルの落差は壮観であった。029
駐車場からの滝までの山道もしっかりした緑に覆われ、ヒンヤリした空気が汗をふき取ってくれた。

 バスは御殿場、三島をへて三津浜に。
そこから約30分の湾内クルーズ。049
あいにくの曇り空で、富士は望めなかったが、カモメと共に一時を楽しんだ。

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2008年6月26日 (木)

上州路(25日)

 行き先分からずのミステリーツアーに参加した。
三か所の出発地から関越道を使った群馬方面かな、と考えていたら、予想は見事的中、群馬の花々を中心に一回りしてきた。

 バスは渋川伊香保ICを降り、渋川市の小野池あじさい公園に。021
8000株の色とりどりのアジサイが小高い丘の中に綺麗に咲いていた。007 018

 バスは新潟県境まで走り、谷川岳ドライブインで昼食。037  

 その後、沼田方面に戻り、昭和村でサクランボ狩り。30分食べ放題ということだが、そんなに食べられるものではなかった。042

  バスは赤城山麓を登り、赤城高原白樺牧場に。061
高原一帯に10万株のレンゲツツジがあるということだが、先日の二日続きの大雨でほとんどやられてしまい、わずかに残っている程度。壮大な眺めは見事に裏切られてしまった。

 最後は伊勢崎市の赤堀花しょうぶ園070 097
2万4千株の花の中で、花しょうぶの海に囲まれているような気持ちになった。一緒に咲いたアジサイと綺麗にマッチしていた。

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2008年6月17日 (火)

川柳吟行(15-16日)

 今年の川柳吟行は山梨の南八ヶ岳の温泉郷、須玉温泉に。
中央道須玉ICのすぐ近く。深い緑に囲まれた宿から、山梨の山々が間近に望まれた。001

 午後2時から会議室で句会。
この日の山梨地方は、気温30度とのこと。 窓から入る涼風が何とも心地よい。

 お題の一つ「民話」でGさんは
    「ゆったりと民話も拾う一人旅」
を秀句に選んだ。作者は総合で堂々の2位。いつもながら、素晴らしい句を披露してくれた。
Gさんはというと、「民話ふと聞こえてきそう道祖神」で先生から二点句を頂いた。

 句会の後、宿自慢の露天風呂に。042
石灰質の巨大な岩をあしらった野趣満点の風呂であった。
宴会の後はカラオケと、92歳の会長を交え、おおいに盛り上がったことは言うまでもない。

 翌日は帰路の途中、南アルプス市白根でサクランボ狩りに。052
たわわに実った佐藤錦に舌鼓を打った。

 楽しい二日間の吟行であった。

 

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2008年6月12日 (木)

遠州三大宿場町廻り(11日)

 静岡の東海道三大宿場町廻りに出かけた。

<丸子宿>
 静岡市にある東海道五十三次のお江戸日本橋から20番目の宿場。
 東海道の宿駅でも小さな宿場だが、歴史は古く、鎌倉時代につくられた宿場である。
 呼び名も面白く、「丸子」と書いて「まりこ」と読むそううだ。
 大正時代には「鞠子」と書かれたこともあり、その跡も見られた(写真)。012_2

 地形を生かした自然薯作りが盛んで、「とろろ汁」の看板を掲げた店があちこちで見られた。
 中でも江戸時代から続く「丁子屋」は有名で、安藤広重の浮世絵「東海道五十三次・丸子宿」にも描かれている。
 その茶屋も当時と同じような萱葺き屋根のまま営業していた(写真)。010_2
多くの旅人が一息入れたことだろう。
タイムスリップしたような気持ちになった。

<興津宿>
 清水市にある東海道17番目の宿場。
 身延、甲府に通ずる身延街道が分岐する交通の要だったそうだ。

 清見潟を見下ろす風光明媚な宿場で、明治のころ当時の元勲、伊藤博文、松方正義、西園寺公望らの別邸が建てられたという。
 西園寺公の別邸「興津坐漁荘」を見学した(写真)。019_2
 現物は愛知県の明治村に移築され、現在あるのは移築時に作成した図面をもとに復元したもの。
 当時は庭先は海岸で、美保の松原も手に取るように望めたそうだが、今は埋立地が広がり、その面影はない。

 近くには東海道屈指の名刹清見寺(写真)も。034_2
 また、大正天皇が皇太子のころ、父(明治天皇)と一緒に海水浴をしたことで、興津の海は有名になったそうだ。その場所には記念碑も立てられていた(写真)。036_2

<由比宿>
 由比町にある16番目の宿場。
 海と山に囲まれた温暖な気候で、今では駿河湾の特産物、桜えびの産地として有名である。

 由比本陣の跡には、きれいに整備された「由比宿本陣公園」がある。正門、塀、物見櫓など江戸時代の建物を復元したそうだ(写真)。043
 中には「東海道広重美術館」が併設されている。
 また真向かいには、幕府転覆を謀った由比正雪の生家が「正雪紺屋」として現存している(写真)。038

 遠い江戸jの頃を彷彿とさせてくれる旅であった。

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2008年5月24日 (土)

白馬八方温泉(20日ー23日)

<1日目>
3泊の予定で白馬八方温泉に出かける。
出発時は低気圧の影響で台風並みの豪雨であったが、次第に晴れ間が覗かれ、安曇野ではすっかり晴天に。
2時、ホテル着。部屋の窓から雪を被った北アルプス白馬三山がくっきりと望まれた。(写真右はオリンピックのジャンプ台)006
白馬は三度目だが、いつ来てもその素晴らしい景観には感動させられる。
明日からは自由行動。「白馬三山の眺望、春の山野草巡りと里山歩き」のオプションツアーに申し込む。

<2日目>
9時、マイクロバスでホテルを出発。3組のご夫婦とGさんの計7人。白馬に詳しいガイドが案内してくれる。まず「白馬大橋」に。日本の道百選に選ばれた白馬三山の眺望の名所である。
姫川の流れと白馬三山が見事なコントラストを描いていた。018_2

次に「どんぐり村の展望台」に。
ペンションや別荘が立ち並ぶ小高い山を上る。
付近はコゴミやフキノトウなどの山菜の宝庫だという。
展望台では新緑の中に三山がクッキリ。035
場所によって山の表情が次々と変わる様は何とも面白い。

次いで「青鬼」に。日本の棚田百選のひとつとのこと。
田植えの終わった棚田からは蛙の声が。
久方ぶりに聞く蛙であった。
山間の集落からも三山が望まれる。061

続いて「大出の吊橋」に。
日本を代表する観光スポットだそうだ。
源流に近い姫川がきれいな水を流している。072

あと「姫川源流」の散策など白馬村を堪能した一日であった。

この日は24節気で小満。
秋にまいた麦などの穂がつく頃で、ほっと一安心(少し満足)するという意味だそうだ。
麦は見られなかったが、田植えが終わったばかりの小さな稲が水田の中にしっかり立っていた。

<3日目>
松本に行くことに。
8時、ホテルを出てぶらぶら歩きながらJR白馬駅に。
田植えの終わった田園風景を、この日も白馬の山々が見下ろしていた。008

大糸線で次々と変わる北アルプスの展望を楽しみながら、1時間40分。
松本に着く。
ここには時折来るが、ゆっくり散策するのは初めて。
タウンスニーカーと洒落た名が付いたバスに乗って松本城に。016_2

戦国時代の初めに造られた深志城が始まりだという。
さすが国宝。ずっしりした重みが感じられる城である。
黒光りがする狭い急な木造の階段を這い伝わって天守六階に。
薄暗がりの中、十分に歴史を感じさせてくれた。037_2 021_2

この日の松本地方は28度。
真夏のような暑さの中の一日であった。

<4日目>
午後の出発まで時間があったので、八方尾根に向かう。
ゴンドラ、リフトを3回乗り継いで、標高1803Mの八方池山荘に。
白馬三山が目の当たりに迫ってくる。069 071(右から白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)
残雪を踏みながら、山の懐での散策をしばし楽しんだ。

来るたびに感動を新たにしてくれる白馬であった。

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2008年5月14日 (水)

富士芝桜(13日)

 春、新緑シーズン到来!
のパンフにつられてツアーに参加した。
というのは、コースに富士芝桜まつりがあったからである。

 バスは山梨の勝沼に立ち寄った後、御坂峠を超えて河口湖に、約30分の行程。
そこから本栖湖畔の富士本栖リゾートの芝桜まつりの会場に。
到着した途端、甘い香りが漂ってきた。それもそのはず、2.4ヘクタールの広大な土地に70万株の芝桜が満開を迎えていたのである。049 055 060
 このリゾートは4月にオープンしたばかり。
この日はあいにくの曇り空で富士は雲に隠れていたが、富士と芝桜のコントラストが呼び物だそうだ。
しばし、漂う甘い香りの中、散策を楽しんだ。

 バスは千石原を超えて箱根の「山のホテル」に。
ここはツツジが見頃を迎えていた。088 093 084
4500坪の庭園に30種、約3000株のツツジが咲き誇る様、それは見事なものであった。

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2008年5月 1日 (木)

ネモフィラとつつじ(30日)

<ひたち海浜公園>
055 ネモフィラ(別名ルリカラクサ)が花を付けていると言うので、茨城のひたち海浜公園に出かけた。
広大な国定公園である。
園のほぼ中央にある「中央フラワーガーデン」では満開を迎えていた。
008_4
011_5 花の色は空色。
春の草花には珍しい色相である。
英名では「ベィビーブルーアイズ」。
澄んだ子どもの目、からきているそうだ。
納得である。049
「みはらしの丘」には丘陵全体に植えてあると言うので、上ってみたが、こちらはまだ3分咲き。
冬の寒さのため、開花が遅れているとのこと。
満開になったら素晴らしい眺めだろうと、想像してしまった。
満開は今月中旬とのことだ。

丘を下る途中の「たまごの森フラワーガデン」は20万本のチューリップが満開であった。015 021

<水戸・偕楽園>
海浜公園からバスで1時間ばかりの水戸の偕楽園に。
こちらはつつじが綺麗に咲き誇っていた。059 064 068

バスの駐車場近くの千波湖畔では満開の八重桜が目を楽しませてくれた。084 082 

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2008年4月13日 (日)

山陰・山陽の旅(10日)

 8時に宿を発ち、の町の散策に。
毛利氏の城下町として栄え、幕末には吉田松陰や伊藤博文、高杉晋作、木戸孝光などの志士を輩出した土地としても有名である。079
武家屋敷の門が建ち、白壁やなまこ壁の土蔵が並び、現在でも江戸時代特有の町割りが保たれている。
老人会のボランテイアの人達が丁寧に説明してくれたのも嬉しかった。
旧萩藩御船倉、萩焼窯元などを見学する。

 次いで、秋吉台。114 
日本最大のカルスト(石灰岩)台地が広がる。
3億年前の海の底のサンゴ礁が石灰岩となり、それが広大な草原を形造ったと言う。ただただその膨大な”歴史”に、驚愕するのみであった。
その直下に広がるのが東洋一といわれる大鍾乳洞が秋芳洞である。007
総延長は8790メートル、その中に観光用に1.5キロの道が作られている。004_2 洞内の気温は年中17度Cに保たれているそうだ。1時間ほどかけてゆっくり散策した。

 山口から広島に戻り、「のぞみ」で帰路についた。

 東京ではこの朝、JRの変電所で火災が起こり、中央線は大混乱だったとのこと。
夜遅くの帰着だったが、ダイヤの乱れた電車に乗り込んだ。

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山陰・山陽の旅(9日)

 ホテルを8時に発って、平和記念公園に向かう。
 広島は三度目だが、いつ来ても胸が痛む気持ちは押さえきれない。111
 この朝の原爆ドームは満開の桜を見下ろしていた。

 バスはすっかり近代化したビル群と路面電車を横目で見ながら宮島口に。
 広島は地盤が弱いため地下鉄工事はできぬとのこと。したがって今でも路面電車が市民の足になっている。不要になった各地の電車を譲り受け、型の違った電車が行き交うさまは何とも面白い。

 連絡船で安芸の宮島に。032
 日本三景(京都の天橋立・宮城の松島)の一つ。島の自然にはいっさい手を入れないということから、橋をかける計画は全くないという。島を愛する人々の気持ちが、ひしひしと伝わってくる。島へは10分足らずであるが今でも連絡船が使われている。
 島の名所は”海に浮かぶ神社”として知られる厳島神社
回廊や神殿造りの本殿は見事である。013 003しばし、日本の美に心奪われた。
宮島のシンボルといわれる朱の大鳥居は天然木の鳥居としては、高さ、大きさとも日本一だそうだ。

 次いで、岩国市の錦帯橋に。057 049
 日本を代表する木造のアーチ橋。巻金とかすがい以外は釘を一本も使っていないという。
 五蓮の反り橋は,満開の桜と相まって,えもいわれぬ美しさを醸し出していた。
 小高い山の頂上には岩国城がかすかに望まれた。

 バスは2時間ほど峠を上り下りして山陰の小京都といわれる島根県の津和野へ。
 島根は「弁当忘れても、傘忘れぬな」といわれるほど、雨が多い所だそうだ。
案の定、津和野は雨。062
 なまこ塀と掘割も雨に煙っていた。

 山口に戻り、松蔭神社、松下村塾と廻り、萩泊まりである。

 

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2008年4月11日 (金)

山陰・山陽の旅(8日)

 結婚40年を迎えた。
いつか知らぬ間に40年、そんなものかなと思ってしまう。
旧婚旅行などと言う大げさなものではないが、二泊三日の予定で山陰・山陽に出かけた。

 東京駅から新幹線「のぞみ」に。福山までの4時間弱の旅である。
この朝、東京地方はものすごい風雨。
我ら夫婦の40年を、象徴しているような日であった(笑)。
心配をよそに、新幹線は定刻通りに出発。
途中、名古屋で名物駅弁「コーチンわっぱ飯弁当」(写真)001 の昼食。

 福山からバスに乗り換えて尾道に向かう。
”坂の町”と言われるだけあって、バスは急勾配を上って千光寺に。
眼下に広がる尾道水道や瀬戸内海の島々は素晴らしい眺望であった。ちょうど桜も満開であった(写真)。047_2 063

 山頂から尾道ゆかりの作家・詩人(徳富蘇峰、正岡子規、志賀直哉、林芙美子など)が綴る文学のこみち(写真)029 を下る。
木々に覆われた静かな散歩道には、自然石に刻まれた25の文学碑が点々と続く。
中には、志賀直哉の「暗夜行路」、林芙美子の「放浪記」の文学碑も(写真)。042 044

 宿は広島市内のホテルに。
広島名物のおこのみ焼きを堪能した。

 

 

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2008年3月15日 (土)

南房総の花畑(13日)

 南房総の千倉に出かけた。
房総半島の南端だけあって、ストック、ポピー、キンセンカといった春の花々がところせましと、咲き乱れていた。017 021

 花畑の向こうには房総の海も望まれ、汗ばむような春の一日を楽しんだ。

 この時期房総半島ではいたる所で菜の花が見られたのも嬉しかった。  
011
 あと房総の名刹といわれる石堂寺に。
別名「花観音」とも呼ばれ、四季の花々が楽しめるそうだ。
この日は菜の花と梅が満開であった。045

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2008年3月 6日 (木)

河津桜(5日)

 河津桜を見に行く。
 遅いかなと思ったが、今年は遅れ気味とか。ちょうど見頃を迎えているそうだ。

 バスは一人席でゆったり座った途端、後ろから肩を叩かれた。振り向いたら美形の笑顔が。「前にご一緒しましたね」と、そうそう、長身の美人添乗員を思い出した。「覚えていますよ」。
 朝から何か心浮き立つ出発であった。

 バスは中央高速大月から富士・河口湖線に。008_2
 間近に富士もくっきり、頂上は雲がかかっていたが。
 

 東名沼津から一般道で天城峠を超えて河津に入る。
 河津桜は満開である。046_2 一面の花にしばし呆然であった。054_2
 祭りも開催されており、露店もズラリ。多くの観光客はピンクの桜に酔いしれていた。
 

 ちょうど、菜の花の季節。
 黄色とピンクが見事なコントラストを描いていた。017_2

 河津桜はカンヒサクラと早咲きのオオシマサクラの自然交配と言われており、花期も長く、大きな花と濃いピンク色が特徴であるそうだ。

 近くの民家に河津桜の原木があるというので、見に行った。066
 木高10メートル、幹回115センチの古木はしっかりと花をつけていた。                            いやはや、この木が8000本もあるといわれる河津桜を生んでいたのかと、感動しきりであった。

 今回のツアーは河津直行ということで、十分な散策時間がとられていたので、少し足を延ばして来宮神社に。
 ここには国の天然記念物に指定されている大楠がある。035
 樹齢1000年以上といわれているが、さすが周囲を圧倒するような巨木であった。

 帰りは沼津から東名で厚木に、そこから八王子バイパスに乗る。
 花より団子ではないが、ワンカップを友に帰路についた。

 この日は24節気で啓蟄、虫達も動き出す。桜の開花予想も発表された。
 春である。

 
 

 
 

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2008年2月 8日 (金)

ミステリーツアー(7日)

 久方ぶりにミステリーバスツアーに出かけた。
 乗ってみなければ行き先わからずである。
 東京地方は快晴。ところが、前夜からの雪で一般道は凍結。ノロノロ運転の大渋滞にはまってしまった。
 1時間ほどで高速に乗れるのが、2時間半以上もかかってしまった。まさにミステリーの始まりであった。

 バスは圏央道から関越道に。群馬と新潟の県境を結ぶ関越トンネルを抜けると、そこはまさに”雪国”であった。002
 湯沢で降りて、甘エビ食べ放題の昼食。
 群馬に戻り、渋川の酒蔵で試飲の後、坂東十六番札所の水沢観音に。012 020 025 六角堂、十二支の守り本尊などを見て回る。
 水沢のうどんは有名で、香川の讃岐うどん、秋田の稲庭うどんと並んで、日本三大うどんの一つだそうである。

 その後バスは伊香保温泉に。
 石段が続く温泉街を散策。033

 帰りのバスから赤城山がくっきり望まれた。044

 

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2008年1月 4日 (金)

東北での正月(2日)

 この日は7時40分の早立ちである。
昨夜来の雪もやみ、青空がのぞかれる。
20分ほどで田沢湖に。072
最大深度423.4メートルと、日本で最も深い湖だそうである。
したがって、真冬でも湖面が凍り付くことはないとのことだ。
ちなみに、2位は支笏湖、3位は十和田湖との話も聞いた。

 バスは、現在の気温氷点下5度という掲示を横目でみながら山道を下る。盛岡から東北道に乗り、平泉・中尊寺に。天台宗の東北大本山である。
奥州藤原氏の平泉文化の象徴としてずしりと歴史を感じさせる。088
金色堂では金が剥がれ落ちたように見え、、その歴史を感じさせてくれた。
福井の永平寺や長野の善光寺と違い、門前には土産物屋が軒を連ねることもなく、ひっそりとたたずむ様子が、なお荘厳さをかもしだしていた。

 昼食は前沢牛の握り寿司とひっつみ鍋。初めて食べたが、なかなかの味であった。
食事の後は、平泉近くの厳美渓に立ち寄る。114
磐井川が巨岩を浸食し、2キロにわたり巨岩、奇岩が渓谷美をみせている。

 バスは一関から東北道に乗り、帰路に。
雪深い東北を楽しんだ三日間であった。

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東北での正月(1日)

 雪深い秋田で新しい年を迎える。
ホテルを8時出発。なまはげで有名な男鹿半島に向かう。
半島のほぼ中央にある真山神社で初詣。一年の無事息災を祈る。028
雪に包まれた神社の周辺は荘厳な雰囲気が漂っていた。
なまはげ伝承館隣の古い民家でなまはげを見学。061
なまはげ行事は毎年、大晦日の晩に男鹿半島のほぼ全域で行われるそうだ。
なまはげが一軒一軒の民家を訪れ、怠け者をこらしめると同時に厄災をはらう伝統行事である。国の重要無形民族文化財に指定されている。

 見学の後、秋田市内に戻り、名物稲庭うどんと刺し身御膳の昼食。
次いで、秋田県のほぼ中央にある角館に。
深い木立と重厚な武家屋敷が、降りしきる雪の中でえも言われぬ情緒をかもし出していた。063 桜の時もよかったが、雪の角館も格別な味わいであった。

 この日の宿は田沢湖温泉郷。ホテルに着いた後、希望者は乳頭温泉に案内してくれた。ブナ林の山道を30分。白濁色の秘湯の湯が何とも心地よかった。

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2008年1月 3日 (木)

東北での正月(31日)

 きりたんぽとなまはげを楽しもうと、Baさんとバスツアーで秋田方面に出かける。
子ども達に「この寒いのにわざわざ寒いところに出かけるとは、、、」と皮肉られたが、「寒い時こそ、寒いところがいいんだ」と。でも、予報によるとご当地は低気圧が接近中とか。いささか不安にもなった。

 7時40分出発。東京地方は快晴である。
バスは外環から東北道をひた走り。2時間ほどで羽生SA(埼玉)でトイレタイム。トイレよりも一服のうまいこと。
郡山(福島)付近にさしかかると予報どうりすでに雪。007
安達太良SAで休憩。
途中、宮城白石付近は一面銀世界である。一関では猛吹雪。大型バスがあおられるほどで、一瞬ヒヤリとさせられた。
平泉前沢SA(岩手)で一休み。ここも雪に覆われていた。008 (写真)
盛岡方面は積雪のため通行止めとのこと。
我々は秋田方面なのでラッキーであった。
北上JCTから秋田自動車道に。こちらは除雪が十分でなく、雪の上をゆっくりと。途中、西仙北SAで一服した後、秋田市内のホテルに着いたには5時前。
途中、四箇所の休憩があったとはいえ、延々9時間のバスの旅であった。
風呂で疲れをとった後の、きりたんぽはさすが美味であった。068

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2007年12月 2日 (日)

高幡不動尊もみじまつり(2日)

001 東京・日野市の高幡不動尊のもみじまつりが最終日ということで、出かけてみた。
久方ぶりの晴天とあって境内は多くの人で賑わっていた。

六月のアジサイの頃とはまた違った趣である。045

いろはもみじや大もみじの古木が、
境内や裏山をみごとに彩っていた。

いくつかの写真を並べてみた。020 024 032 046

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2007年11月23日 (金)

「シニアクラブ」親睦旅行(22日)

地域の自治会の「シニアクラブ」(老人会とは呼ばない)の親睦旅行会に参加した。
老若男女ならぬ、老老男女61名がバス2台に分乗して出発とあいなった。
目指すは伊豆である。

さすが年の功、バスが動き出すと世話係が酒とつまみを持って席を回り始めた。
車内はたちまち和やかな雰囲気に。

地域社会といっても、普段はあまり顔をあわせない。
そこで自己紹介が始まった。
司会の女性の見事な”突っ込み”で、平板になりがちの自己紹介が盛り上がった。
Gさんも、2年ほど前から川柳の会に入り、月一度の句会が楽しみである、などと話したら、たちまち「2、3句紹介して」の突っ込み。
やむなく、安倍総理辞任時の
     無責任だけが飛び交う辞任劇
と最近の
     食欲の秋もしぼんだ偽装品
を披露したら、盛大な拍手。お義理だろうが、悪い気はしなかった。

そんなことをしている内に最初の見学地、小田原市の尊徳記念館に。004
尊徳の生家などを見学した。002

昼食は網代で。
生きのいい刺身に舌鼓を打った。
この日は風も無く、穏やかな小春日和。
駿河湾から遠く大島がはっきり望まれた。008

昼食の後は宇佐美のみかん狩りに。
たわわに実ったみかんの新鮮な味を楽しんだ。014

バスは三島の楽寿園へ。
おりから開かれていた菊まつりで、素晴らしい菊を堪能した。029          

沼津の海産物店で土産などを求めた後、バスは東名道に。
帰路の車内はカラオケで盛り上がった。

同年代が一つになった楽しい一日であった。       

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2007年11月15日 (木)

浄蓮の滝と天城峠(14日)

伊豆の紅葉見物に出かけた。
この日は快晴。
途中、新冠雪の富士も紺碧の空に映えていた。002

浄蓮の滝
伊豆半島のまん中に位置する伊豆市湯ヶ島。
滝に降りる階段のそばには伊豆を象徴する「伊豆の踊り子」像が。006
200段あるという急な石段を降りていく。
原生林がおい茂る中、切り立った断崖から一気に落下する滝が現れた。030
高さ25メートル、巾7メートルの伊豆半島きっての名瀑である。
静寂な雰囲気の中、激しい音をたてて流れ落ちる様は見事であった。
紅葉は今年は2週間ほど遅れているという。033 温暖化の影響なのだろうか。

天城峠
川端康成の名作「伊豆の踊り子」の舞台になった天城旧街道を散策する。途中、「伊豆の踊り子」の文学碑と川端康成のレリーフも。043
さらに進むと旧天城トンネルに。055
446メートルの薄暗いトンネル内はときおり水滴も。059 明治38年に開通したが、新トンネルが出来たため、現在は遊歩道として使われている。
トンネル出口の休憩所には黄八丈を着た踊り子姿のモデルさんが。062
笑顔で撮影に応じてくれた。
若き康成もこんな踊り子に心ひかれたのであろうか。

トンネルを過ぎるとつづら折の下り道がだらだらと続く。064杉やブナの原生林が美しい。
途中には二階滝(にかいだる)も。070 二段になって落ちることから、そう呼ばれているそうだ。

小春日和の中、秋の風情とちょっぴりロマンを感じた一時間ちょっとの散策であった。

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2007年11月 8日 (木)

紅葉の信州路(7日)

秋の信州に出かけた。
バスは関越道・上信越自動車道の小諸ICから一般道に。
まずは小諸・ワイナリーで一休み。
小諸は年間の気温が低く、雨量も少ないことからブドウの栽培に最適だという。
ずらりと並んだ赤、白、ロゼのワインの試飲。大きめのグラスでまさに飲み放題。
気持ちを良くして上田城に。032
徳川の大軍を2度も退けたという戦歴を誇る上田のシンボルである。
西櫓も健在である。001 残された石垣に紅葉が映えていた。かつて上田交通の電車が走っていた廃線敷きはケヤキ並木となり、見事な紅葉を見せていた。006                         
013

次いで篠ノ井駅に。
ここから篠ノ井線に乗って姨捨駅まで。
こういう機会でもないとなかなかこの種のローカル列車には乗れない。姨捨駅は高台にあるため、駅の手前でスイッチバック、これもローカル線ならではの味である。
電車を降りると眼下に千曲川をはさんで善光寺平が広がっていた。042_2
思わず息を呑む眺めであった。
川中島の合戦で武田信玄が陣を張ったといわれる善光寺平、兵どもの夢の跡だろうか、民家が密集していた。

10分ほど山を下ると長楽寺。062 
観月の名所として知られる天台宗の寺である。また俳句の寺としても知られ、松尾芭蕉をはじめ多くの文人墨客が訪れとという。
近くには姨捨伝説が伝わる姨捨棚田が広がっていた。088 053

小春日和の中、信州を楽しんだ一日であった。

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2007年10月26日 (金)

清津峡と秋山郷(25日)

清津峡050
新潟県十日町市。
信濃川の支流・清津川に沿って、V字型の渓谷が12.5キロにわたって続く。
雄大な柱状の岩肌と清津川の急流の取り合わせはダイナミックな景観である。020 021 031
この柱状の岩は「柱状節理」と言われるもので、500万年前地下から吹き出したマグマがゆっくり冷える際、収縮しながら固まって五角形や六角形の柱状の岩になったそうだ。
まさに自然の造形の美である。
富山県の黒部渓谷、三重県の大杉谷と並んで日本三大渓谷の一つである。
秋山郷
新潟県と長野県にまたがる中津川の最上流にある地域。
「平家の谷」とも呼ばれ、平家の落人伝説がある。
<見倉橋>
069 ロープに木板を渡しただけの吊り橋だが、素朴な味わいがある。
かなりの揺れであったが、橋からの中津川は抜群であった。073

<蛇淵の滝>
新潟と長野の県境を流れる硫黄川が中津川に流れ落ちてできた滝で、秋山郷を代表する滝の一つ。
周囲の黄葉と素晴らしくマッチしていた。102
この時期、秋山郷は紅葉の真っ盛りであった。091 092

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2007年10月 4日 (木)

乗鞍岳畳平(3日)

乗鞍岳畳平に向かう。
あいにくの曇天。
バスは中央高速、長野自動車道から松本ICで降り、野麦街道へ。
長野県に入ったら青空も見え始めた。
梓川を右手に見ながら安房トンネルに。
トンネルを抜けると岐阜県の平湯である。
そこから乗鞍スカイラインに乗る。
全長14.4KMの山岳道路。
環境保全のため上高地同様、一般車両の通行禁止である。

標高2702Mの畳平は天気曇り、気温7度。
バスから降りると震え上がるほどの寒さであった。001
あっという間にガスが広がり、視界をさえぎったと思うと、さっとガスが消えたりと、さすが三千M近い山の天候である。008

お花畑を散策したが、一昨年夏に来たとき見られたチングルマやトウヤクリンドウなどの花々はすでに枯れ、植物というとはい松だけ。017

昨日はライチョウ二羽が目撃されたそうだが、この日は現れる気配はなかった。

約一時間の散策を終え、平湯温泉の立ち寄り湯に。037 素晴らしい露天風呂が冷えた体を温めてくれた。

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2007年9月19日 (水)

初秋の花めぐりと下町ぶらり旅(18日)

東京の初秋の花めぐりと下町ぶらり旅、のツアーに出かけた。

バスは板橋で首都高を降り、一般道に。
北区の飛鳥山から都電荒川線に乗り換えて終点の三ノ輪橋まで。
この荒川線は東京で唯一残っている都電である。
荒川区の三ノ輪橋から新宿区の早稲田まで12.21キロ。
何十年ぶりかの乗車である。006
学生時代は厄介になった。運賃は15円だったと覚えているが、今は160円均一である。
軌道敷内への自動車の乗り入れ箇所もあり、時速13キロのゆたりした速度で進む。チンチンという出発を合図する音が懐かしい。
平日であったが小刻みに止まる駅からの乗降客の数は多い。庶民の足として愛されているのであろう。約35分で終点の三ノ輪橋に。010

そこからバスに乗り換えて日暮里駅近くの谷中銀座に。014
下町の雰囲気いっぱいの商店街を散策。
東京の名所になっているのであろう、町並みをスケッチする人も。019

次いで墨田区の向島百花園。
オミナエシ、ハギ、ハナトラノオ、ヒガンバナなどの秋の花々に迎えられた。026 030 033 039

最後は中央区の浜離宮恩賜公園に。
江戸時代の代表的な大名庭園である。
キバナコスモスが咲き乱れていた。047

東京に住んでいてもなかなか訪れることができない、小さな旅であった。

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2007年9月 6日 (木)

大内宿と塔のへつり(5日)

大内宿
江戸時代、会津西街道の宿場町として栄え、今もその風情を残している。
町並みには萱葺き屋根の建物がづらりと立ち並ぶ。009
001_2 一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているそうだ。
建物の風情は残しながらも、すっかり観光化され、多くの観光客で賑わっていた。037 

塔のへつり
「へるり」とは、絶壁や川に沿った険しい道のことをいうそうだ。
名の通り、大川の侵食と風化を繰り返し、見事な奇岩怪石がそそり立っていた。068 060
深々とえぐられた岩の回廊には、自然の力の偉大さを改めて感じさせられた。天然記念物である。

帰りは塩原温泉の「湯っ歩の里」に。
全長60メートルという日本最大級の足湯につかり、079 疲れを取った。

                           

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2007年8月20日 (月)

佐原の灯篭流し(18日)

千葉県佐原の灯篭流しに出かけた。
バスツアーとあって、途中銚子電鉄の犬吠駅から銚子駅までの乗車も計画されていた。
ご存知赤字路線も、名物”ぬれせん”でもちなおしたらしい。

赤と黒のツートンカラーのレトロな電車はローカル線の雰囲気いっぱいであった。005
やはりこういう古きよき物は残しておきたいものである。
それぞれの駅舎も特徴があるそうだ。
乗り出した犬吠駅は電車に似合わずモダンなものであった。001

利根川を右手に見ながら佐原に。
市街を流れる小野川沿いには江戸時代の名残を留める古い商家 が立ち並ぶ。019 021 036

夕刻からは、灯篭流しが始まった。
それぞれの願いを込めた灯篭が小野川をゆっくり下って行った。050

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2007年8月10日 (金)

栂池自然園と白馬八方尾根(8,9日)

栂池自然園(8日)

今回はバスでなく特急「あずさ」で白馬に向かう。
立川から3時間半。見覚えのある駅舎に昨年5月に訪れたことを思い出す。
ホテルの送迎車で高原駅に、そこからゴンドラリフト、ロープウエイを乗り継いで自然園駅まで。25分の空中散歩を楽しむ。019
標高1880メートルにある栂池自然園は、オオシラビソの原生林に囲まれた日本有数の高層湿原だという。
早速散策に。037
珍しい高原植物も随所に見られたが、名前はサッパリ。
求めた小冊子を頼りの散策となる。
途中、シシウドの群生も。041

途中出会ったいくつかの植物達。020 031028 044 030

025

(小冊子によると左上から順に横にクルマユリ、ワタスゲ、ハクサンボウフウ、オニシオガマ、ミヤマトウキ、ヒオウギアヤメ)

白馬八方尾根(9日)

5時起床。快晴である。
露天風呂からのロケーションも素晴らしい。056
8時ホテルを出発、八方駅に向かう。
そこから、ゴンドラリフト、リフトに3回乗り換えて第一ケルンに。
綺麗に咲いたシモツケソウの群生を眼下に眺めながら終点に向かう。
すでに沢山の人が上り始めていた。093
八方尾根は、夏はハイキング、冬はスキーで有名な観光地である。
ゴロゴロした石畳や木道を登り始める。
たちまち汗が吹き出してきた。でも、一休みすると下からの涼風が汗をふき取ってくれるのは嬉しかった。
視界が広がったと思ったら、そこには白馬三山がせまっていた。感動的な一瞬であった。
099

左から白馬槍ヶ岳(2903m)、杓子岳(2812m)、白馬岳(2832m)。
雪渓もくっきり望まれた。
下山途中のオオバセンキュウと白馬三山。095

シモツケソウも満開であった。024

八方尾根の花々。004 008 031_2 043 023 118

(左上から横にオトギリソウ、オニアザミ、シシウド、ウサギギク、シモツケソウ、ハクサンシャジン)

    

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2007年7月19日 (木)

野反湖と本白根山(18日)

野反湖(のぞりこ)と本白根山のバスツアーに出かける。
梅雨期とあって、朝からどんよりした曇り空。
バスに乗り込んだら雨が降り出した。
散策もままならぬと思っていたが、現地に着いたら雨も上がり、薄日も差して来た。
ラッキーであった。

野反湖019_3
群馬県北部吾妻郡の標高1550メートルにある小さな人造湖である。
周囲を弁天山などの山々に囲まれ、なだらかな草原状の裾野をゆったりと広げて湖面に続いている。
湖の周囲には遊歩道が整備され、湖面までの散策は気持ちよい。

一帯は高山植物の群落地で、この時期ノゾリキスゲが満開であった。047_3 013_3 037_4

本白根山
群馬と長野、新潟の県境にある白根山は草津白根山と本白根山があるという。
今回はコマクサを求めて本白根山に。
駐車場からウグイスの声をまじかに聞きながら、徒歩で15分、リフトに乗り山頂に。
そこから木道を歩いてコマクサの群落地に向かう。
視界が開けたと思ったら、高山植物の女王といわれるコマクサの大群が斜面いっぱいに飛び込んできた。074 これだけの群落を見たのは初めて。まさに感動の一瞬であった。
活火山の砂礫地の中で可憐に咲く花に、しばし時のたつのを忘れた。070_1 069_1 078_1

野反湖と本白根山の高山植物のいくつかを並べてみた。029_3 028_3 025 054_1 011_9 032_2 089_1

(写真は左上から順に横にカラマツソウ、ウスユキソウ、ハナチダケサシ、イブキトラノオ、タチフウロ、ノアザミ、ノコギリソウ 図鑑で調べてみましたが自信はありません)

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2007年7月11日 (水)

浅草ほうずき市(9日)

028_2  入谷の朝顔市と並ぶ東京の夏の風物詩、浅草ほうずき 市に出かけた。
 浅草寺の境内には綺麗に色づいたほうずきがずらり。010_5

 ほうずき市の日は「四万六千日(しまんろくせんにち)」と 呼ばれ、この日にお参りすると四万六千日分、日参したのと同じ功徳を得られる、との言い伝えがあるそうだ。
その功徳にあやかろうと善男善女でごった返していた。

境内を一回りした後、「神谷バー」で一休み。久しぶりにデンキブランを楽しんだ。
 

         

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2007年6月24日 (日)

高幡不動尊のアジサイ(21日)

003_2 友人に誘われ、高幡不動尊のアジサイ見物に出かけた。
関東三不動のひとつとして知られ、又、新撰組副長、土方歳三の菩提寺としても有名である。

多摩丘陵の自然が残る約3万坪の境内には、山アジサイ、ガクアジサイなど7,500株が見事な花をつけていた。008 054

以下、いくつかの花を並べてみた。010_2 044_4 033 014_3 016_1 055_3

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2007年6月20日 (水)

川柳の会吟行(17、18日)

川柳の会の吟行に参加する。
今年は埼玉県の寄居である。
梅雨とは名ばかりの真夏のような暑さの中、八高線寄居駅に降り立つ。
会場の「かんぽの宿・寄居」は小高い山の上、うっそうとした緑に囲まれ、眺望は素晴らしい。部屋から長瀞のライン下りで知られる荒川がかすかに望まれた。032_1

句会は午後2時から。
今回の宿題は「温泉」と「山」である。
会員はそれぞれの題から2句ずつを作り投稿する。
今回は合計156句。
その中から会員各自が佳作15句、秀句1句を選び、集計していくわけである。
Gさんが秀句として選んだのは「湯の町のエレジー遠くなる昭和」と「楢山が百名山に追加され」。”湯の町エレジー”か”楢山節考”かで迷ってしまったが、楢山を選んだ。
毎度のことながら、いろいろ勉強になる会である。
後、温泉に浸かり宴会、カラオケと楽しい一夜を過ごした。

翌日は秩父鉄道で長瀞まで足をのばした。045_3
長瀞の岩畳を散策、汗ばむ陽気であったが、木陰の涼風が何とも心地よい。
宝登山神社の大鳥居をくぐり郷土資料館に。
その脇の1万平方メートルにおよぶ丘陵地はハナビシソウが満開であった。 048_3 075_1 カリフォルニア原産のケシ科の植物で、黄、橙、白の花が、そよ風になびく様は見事であった。

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2007年6月15日 (金)

吹上しょうぶ公園(15日)

053_1 梅雨入りしたばかりの東京地方だが、この日は朝から快晴。
初夏の陽気に誘われて青梅市にある吹上しょうぶ公園に出かけた。

約2.1ヘクタールの公園には216品種、約10万本の花しょうぶが見頃を迎えていた。031 035

貴重な谷戸地を保全するため、市が霞丘陵の一角を公園として整備して管理している。
ちなみに、谷戸地というのは、丘陵地の谷間で小川の源流域を指す環境、とのことだ。数多くの動植物が生息する生命の宝庫とも言われている。
久方ぶりにかえるの声が聞かれたのも嬉しかった。
大規模な宅地開発などで、多くの戸谷地が失われているなか、貴重な存在と言えよう。

いくつかの花しょうぶを並べてみました。013_2 021_8 037 038_1 042_2 044_3

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2007年5月16日 (水)

米子での同期会(14、15日)

学生時代の同期会の今回の幹事役は米子在住のY君。
「ぜひ山陰に来てもらいたい」、という彼の強い要望で今回は米子の皆生温泉で。

飛行機が好きでないGさんは、JRで行くことに。
新幹線で岡山まで、そこから伯備線に乗り換えて米子まで、約6時間の旅である。

会場には男性6名、女性4名が顔を揃えた。ロビーでしばし歓談。
日本海に面したホテルからの景観は素晴らしい。鳥取の砂丘を思わせるような砂浜が広がっていた。012_3 日没も素敵であった。019_2

昨年二人の友達が物故した。
会を始める前に皆で黙祷をして、二人の冥福を祈った。
話題の中心はやはり、それぞれの健康のこと。
口角泡を飛ばせて議論した学生時代が懐かしく思い出された。
カラオケ、二次会と会は大いに盛り上がったのは言うまでもない

海からの朝日もまた素晴らしい。040_1
7時半、Y君の調達したマイクロバスで 山陰の観光に。
まずは松江市の松江城。045_2
慶長16年(1611)に築城。高さ30メートルの5層6階の天守閣は築城当時のまま現存しており、国の重要文化財に指定されているそうだ。重みのある風格は当時を偲ばせるには十分であった。058_1
薫風のなか新緑によく映えていた。060_1

かぎりなく広がる宍道湖を左に眺めながら出雲市に。
いわずと知れた出雲大社である。072
平安時代の970年(西暦)に建立されたと言う。
本殿は日本最古の神社建築で、国宝である。
陰暦の10月は全国の神々が出雲の国に集められたので、神無月と言われているが、反面、出雲では神々が集まるので神在月(神有月)と言うそうだ。
太古のロマンにしばし浸かった。084_3
もうひとつ、出雲大社と言えばこれ。
重さ1500キロの大しめなわである。090
その荘厳さに、思わず気を引き締められる思いであった。

Y君にはいろいろ気を遣ってもらった。
その中にも、彼の強い郷土愛が感じられたのは嬉しかった。

鳥取、島根というと貧乏県の代名詞のように言われているが、なんのなんの、視界をさえぎる高層ビルもない情緒ある町並みは立派なものであった。とくに手入れの行き届いた松江城公園は心が洗われる思いであった。これといった大きな近代的なものは無くても、いまある伝統的なものを皆で大切にしていく、それが”山陰文化”なのかな、と思ったりした。

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2007年5月 8日 (火)

東京都薬用植物園(8日)

060 薫風に誘われて東京・小平市にある東京都薬用植物園に出かけた。
ここには約1600種の薬用植物が栽培されている。
薬用植物といっても、十分鑑賞に堪えるもので、四季折々に次々と開花して,訪れる人々のの目を楽しませているそうだ。
とくに、東京ではここでしか見られないケシが試験栽培されている。013_1
ケシには麻薬に指定されているあへんが含まれているため、栽培は法律で規制されている。
鉄柵で厳重に管理された畑で、ケシの花が017_1 見られた。初見だが、何か重々しさが感じられて。
ヒナゲシはあへんを含んでいないので、当然のことなが自由に栽培されている。

園内で見られたいくつかの花を並べてみた。

018_4 023 028_1

044_2 048_1 053

(左上からシャクヤク、イチハツ、ヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)、アメリカスミレサイシン、ムギナデシコ、ルリジサ)

聞くところによるよ、都の財政事情で同園の廃止が検討されていると言う。
広大な敷地の中に見られる貴重な薬用植物の数々、都民の緑のオアシスと同時に貴重な”文化財”であろう。自然は一度破壊されたら元には戻れない。
文化を尊重する石原知事の見識に期待したいものである。

ちなみに、小平市に在住のメル友のRさんも熱心な存続論者である。
彼のHPです。 http://www.geocities.jp/matsuya7jp/yakuyousyokubutsuenwoshittemasuka.html

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2007年5月 4日 (金)

塩船観音寺のツツジ(4日)

073 初の「みどりの日」。
東京・青梅市の塩船観音寺に出かけた。
この寺はツツジの寺として有名である。
15種1万7000本が見ごろを迎えていた。012_2 067

寺全体が丘陵の中にあり、ツツジの咲く境内はすり鉢状になっている。、赤、ピンク、紫、白などのツツジの群落が一目で見渡せるのは、まさに壮観であった。015_2

そして、それを愛でる人々、これが”美しい国”の一片ではなかろうか。
この平和をしっかり守っていきたいと、しみじみ思ったものである。

039_3(他の写真はマイフォト「塩船観音寺のツツジ」に収めました)
 

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2007年5月 2日 (水)

牡丹、藤、八重桜そして芝桜(1日)

花巡りツアーで、埼玉、群馬を回ってきた。
危ぶまれた天気の崩れもさほどなく、それぞれの花を堪能してきた。

東松山・箭弓稲荷神社ぼたん園014_2 012_1
029_2 この神社は「やきゅう」と読むそうだ。
難しい読み方であろ。
開園は大正12年と古く、ぼたんの他つつじ、藤なども咲いており目を楽しませてくれた。

藤岡市・ふじ咲く丘公園052
062_2041
世界各地から集めた45種類のフジが鑑賞できるそうだ。
250メートルにもおよぶフジのトンネルは見事なものであった。

下仁田町・妙義山さくらの里069 071 094

ねぎとこんにゃくで知られている下仁田町の小高い山に1万5000本のサクラが花をつける。50種類もあるそうで、この時期八重桜が見ごろを迎えていた。

高崎市・みさと芝桜公園113 120 137_1

赤、白、ピンクの26万株の芝桜が一斉に花を咲かせていた。
小高い丘全体が芝桜の絨毯であった。

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2007年4月29日 (日)

「昭和の日」と「昭和記念公園」(29日)

初の「昭和の日」である。
影と光の昭和であったが、この日は朝からすっきりした青空がのぞいた。
昭和にちなんだわけではないが、昭和記念公園に出かける。
この日は記念日とあって、入場は無料であった。
西立川の駅は老若男女で長蛇の列。

園内ではいくつかのイベントが行われていた。航空自衛隊による「緑のフィールドコンサート」も。003_1

初夏の陽気の中、つつじや藤も目を楽しませてくれた。006_2 011_8

さて、お目当ては、花みどり文化センターで展示されているチューリップ の花絵「フラワーカーペット」である。赤、黄、ピンクなどのチューリップ25万個を使って完成させたそうである。絵のテーマは「懐かしの昭和」。016
昭和を代表する出来事を選んで制作したとのことである。
昭和33年の東京タワー開業、39年の東京オリンピックと東海道新幹線開通、44年のアポロ11号月面着陸、47年に上野動物園に来たパンダと、どの作品も”昭和”を思い出させる楽しいものであった。029_1 036_2 027_5 021_7 040

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2007年4月13日 (金)

花見山公園と三春の滝桜(12日)

<花見山公園(福島県・福島市)>010_1 001_1

公園といっても花木農家が個人で「きれいな花を皆さんで楽しんでもらいたい」と、40年あまりの歳月をかけてつくり上げたそうだ。
いまでは福島市の花の名所として知られている。
こんもりした小高い山の中には桜、桃、レンギョウ、モクレンが咲き乱れ、さながら桃源郷の雰囲気であった。018_2 039_2 026_1 019_1

<三春の滝桜(福島県・三春町)>
満開時には、淡紅色の花が流れる滝のように見えるところから滝桜と名づけられたそうである。
樹齢1000年を超える紅枝垂桜で、山梨の神代桜、岐阜の薄墨桜とともに日本三大桜の一つである。
先週山梨の神代桜に行ったときは満開であったが、さすがに福島、この日は開花したばかりであった。でも多くの観光客が訪れており、雄大な古木に目をみはっていた。050_2 051(他の写真はマイフォト「三春の滝桜」に収めました)
068

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2007年4月11日 (水)

昭和記念公園(10日)

昭和記念公園に出かけた。
ソメイヨシノは見ごろを過ぎていたが、菜の花、ポピー、チューリップ、ムスカリがきれいに咲きそろっていた。027_4 (菜の花はマイフォト「昭和記念公園の菜の花」に収めました)049_1 056 064_1 045_1

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2007年4月 5日 (木)

寺と花(4日)

「お花見ミステリー」のツアーに出かけた。
何回か参加しているが、行き先わからず、というのも興味津々である。
今回はどんな花に出会えるか。

<ハーブ庭園>
行き先は山梨であった。
甲州市勝沼のハーブ庭園。何回か来ているが、チューリップが見ごろであった。011_6
ちょうど菜の花も満開、まさに春爛漫といったところであった。017

<慈雲寺>
塩山の慈雲寺に。062_1
イトザクラの寺として有名である。
シダレザクラが糸が垂れるような形で淡い紅色の花をつけることからイトザクラと言われているそうだ。
見ごろを迎えていた。044_1 058
駐車場から寺まで緩い坂道を上って10分。
一帯は桃源郷と言われているだけに、左右に桃の花が綻んでいたのも嬉しかった。066_1

<恵林寺>
089 武田信玄の菩提寺として知られている寺である。
境内の60本のソメイヨシノは盛りをすぎていたが、まだまだ立派な花をつけていた。078 083
NHKの大河ドラマ「風林火山」にあやかってか、いたるところに「風林火山」の登り旗が見られたのは面白かった。

<王仁(わに)塚>
バスは勝沼ICから再び高速に乗り、韮崎ICまで。
信玄堤で知られる釜無川沿いを走り、韮崎市のわに塚に。韮崎段丘のほぼ中央の塚の上には、樹齢400年、樹高17メートル、根回り3.4メートルのエドヒガンザクラの一本桜が。100_1 102
悠然とそびえ、たわわな花をつけている様はまさに一服の絵そのものであった。
104  過去に郵政省の「さくらメール}のポスターに採用されたそうだ。

<實相寺>
北杜市武川町の實相寺。ここは国の天然記念物神代桜の寺として知られている。神代桜は岐阜県の「薄墨桜」、福島県の「三春の滝桜」とともに日本の三大桜の一つである。015
樹齢2000年とも言われ、日本最古にして 最大の古木は健在であった。137 011_7
さすがに枝の半分近くは枯れ落ちたそうだが、老いてもなお花を咲かせる姿には心うたれるものがあった。
寺は水仙も真っ盛り、桜にきれいにマッチしていた。134

今回は山梨の花の名所など7ヵ所を回ったので、ほとんどが、一般道。いたるところで、車窓の右、左に桜や桃が眺められてのは嬉しかった。098 

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2007年3月13日 (火)

小菅の湯(13日)

温泉づいたわけではないが、山梨の「小菅の湯」に向かう。
山梨といっても、東京の奥多摩町のすぐ隣り。
最寄の青梅線の駅から無料送迎バスで、1時間40分。
梅の咲き誇った吉野梅郷や奥多摩湖を見ながらのちょっとしたドライブである。
標高400メートルぐらいであろうか、「小菅の湯」(写真)に到着。012
村営ということだが、なかなかの外観(写真)014_1 である。

早速、風呂に。
多摩源流の高アルカリ性の温泉は、檜風呂、寝湯、露天風呂、五右衛門風呂など9種類の風呂(写真)。002 005_3
一渡り入って、ゆったりした食事処でビールの昼飯。
館内には桃の節句の雛飾りも(写真)011_5

もう一度湯に入り、午後3時発のバスで帰路につく。

ちなみに、料金は入湯料1200円(タオル、バスタオル、浴衣付)のみ。
もちろん、飲食料は別であるが、リピーターが多いという。
Gさんも、又行ってみたいと思った湯であった。

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2007年3月10日 (土)

秘湯と絶景露天風呂(9日)

山梨の湯巡りツアーに参加する。
バスは老若男女ならぬ老老男女で満席である。

<放光寺>
039_1 途中、甲州市塩山の放光寺に立ち寄る。
平安末期に建立された名刹である。
花の寺としても知られ、広い境内には、早春から晩秋までさまざまな花が咲き誇るそうだ。
この時期、梅がちょうど満開であった。005_2 036_1 022_2
来月はレンギョウ、花桃が楽しめるという。
塩山に住んでいた伯父伯母の菩提寺でもあるが、以前訪れた時は、花を愛でる余裕はなかった。
弥生3月、寺所蔵の節句雛がきれいに飾られいたのは嬉しかった。011_4
八百年余の歴史を感じさせる寺であった。044 (他の写真はマイフォト「放光寺の梅」に収めました)

<ほったらかし温泉>062
いよいよ温泉である。
山梨市のフルーツ公園を通り抜け、海抜700メートルに温泉施設が現れた。といっても、小さな小屋とおぼしき建物があるだけ。
無駄な施設はあえて作らず、温泉だけを満喫してもろおうという趣旨で名付けられたそうだ。
露天風呂に入ると、一望に広がる甲斐の山々、眼下には甲府盆地が広がる。
まさに絶景である。これだけで十分である。「ほったらかし」を実感した次第である。049 055_2

<増富ラジウム温泉>064
中央高速の須玉ICから山間を進む。
武田信玄が金を掘らせていた時に発見された温泉で、信玄の隠し湯としても知られている。
ラジウムの含有量は世界一ともいわれ、湯治客が絶えないそうだ。
いくつもの風呂があるが、茶渇色の源泉風呂(35度)に浸かっていると、心なしか身も心も軽くなっていく気分であった。065_1

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2007年2月21日 (水)

蔵王の樹氷(19.20日)

雪なし東京にあきたらぬわけではないが、蔵王の樹氷原ツアーに参加した。

<19日>
バスは東北道をひた走り。
白石ICから宮城蔵王のゲレンデハウスに着いたのは午後2時半。途中立ち寄りもあったが約7時間の行程である。
標高1100メートルのゲレンデから戦車のようなキャタビラがついた雪上車「ワイルドモンスター」に乗り換えて雪山を進む。039
急斜面を登る時は思わずつり革に頼るほど。
左右の雪景色を見ながら45分で標高1600メートルの樹氷原に。
シーンと静まりかえった中、雪と氷の神秘な世界が広がっていた。011_3 027_3 021_6 022_1

氷点下3度。初めて見る風と雪と氷の造形の神秘さに、しばし寒さも忘れた。(他の写真はマイフォト「蔵王の樹氷」に収めました)

<20日>
8時にホテルを発ち、松島に向かう。
塩釜港から遊覧船で美しい島々やカキの養殖場を見ながら、松島に。084 087
ウミネコが群れをなして船についてくるのも楽しかった。066
五大堂も冬の光の中に。100

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2007年2月13日 (火)

昭和記念公園(13日)

2か月ぶりか、昭和記念公園に出かけた。
休日の翌日とあって、広い園内は人影もまばら。
冬枯れの中にも、あちらこちらで春の息吹が感じられた。005_1

途中、中学生のマラソンの姿も。
こちらも若さがはちきれていた。028

まず目に付いたのは、スノードロップ。
018

待つ雪草ともいわれ、うつむきかげんに咲く純白な可憐な姿は何とも、、、

春を呼ぶソシンロウバイ、フクジュソウ、サンシュユはまだ蕾みであった。007_3 013 030_1

盆栽園では野梅が満開。036

帰り道にはラッパ水仙も咲き誇っていた。047_1 050_1

汗ばむような春の一日であった。

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2007年2月 9日 (金)

観梅(8日)

小田原、熱海の梅林巡りのツアーに出かけた。

鎌倉・瑞泉寺
途中、鎌倉の瑞泉寺に。
夢窓国師開祖の禅寺である。
関東に残る代表的な鎌倉期の名園と言われている。014
水仙が見ごろであった。010 005

早春の日和の中、園内を散策。
汗ばむほどであった。
寒椿もみられ、寺の近くでは河津桜が満開であった。019
027

曽我梅林
小田原の北東に広がる中河原梅林、原梅林、別所梅林を総称して曽我梅林と呼ぶそうだ。3万5000本の梅が花を咲かせるこの時期、梅祭りが開かれている。
私たちが訪れたのは別所梅林。甘い香りが漂う中、8分咲きの紅梅、白梅に囲まれて至福の一時をすごした。042_1048 050 032 030

熱海梅園
ここには何回か来ているが、初川に沿ったなだらかな斜面に約900本の梅が咲き競っていた。065 070

付近の沿道には、あたみ桜が。055_1 季節は梅から桜に変わろうとしていた。

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2007年1月19日 (金)

雪見大露天風呂(18日)

雪見大露天風呂と銘うったミステリーバスツアーに参加する。
行く先わからずである。

バスは圏央道、関越道から上信越道に。特徴ある妙義山を左手にみながら松井田妙義ICから一般道に。初の立ち寄りは群馬・安中の「ろうばいの里」である。001
バスを降りたとたん甘い香が漂ってくる。
3ヘクタールの遊休農地に一万二千本も植えられたロウバイは8分咲き。007_2 011_2 今年は暖冬のためか例年より2週間も早い開花だという。
蝋細工のようなつやのある黄色い可憐な花にしばしうっとり。009 ひと足早く春を感じた思いであった。021 (他の写真はマイフォト「ろうばいの里」に収めました)

バスは上信越道に戻り、碓氷峠のいくつかのトンネルを抜け、群馬から長野へ。
佐久平で降り峠の釜飯で有名な佐久のおぎのやで昼食。
再び上信越道で小諸のワイン工場に。30種類のワインの試飲。グラスも大きめで、まさに飲み放題といったところ。といってもそんなに飲めるものではなかったが。
後、坂城のみそ蔵、千曲川を左手に見ながら長野ICで降り、松代のそば蔵に。善光寺そばの試食の後、バスはお目当ての露天風呂に。山道を左右にカーブを切りながら上田市の真田の里にある地蔵温泉「十福の湯」に。045
県下最大級といわれる露天風呂が広がっていた。042
湯船の中には大きな岩がいくつも浮かんでおり、一度に60人は入れるそうだ。しばし旅の汗を流した。
館内の設備も充実しており、湯上りの生ビールはまた格別。

いりいろ楽しめたミステリーであった。

 


 

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2007年1月 7日 (日)

飛騨高山(6日)

朝から雪である。
長野善光寺に向かう。_096

善光寺本堂の再建から今年はちょうど三百年を迎えるという。
五色幕で飾られた本堂の荘厳な姿が雪の中で見られた。_006_4

冬の飛騨高山、楽しい三日間の旅であった。

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飛騨高山(5日)

この日は、二十四節気で小寒。
「寒の入り」である。

8時にホテルを発ち、飛騨高山の朝市に。_033_2
さすがに寒の入りである。
凍てつくような寒さである。
土地の人の話しでは、この朝は氷点下6度、ことのほか冷え込んだそうである。
朝市をぶらつき、古い町並みを散策する。_039_5
静まり返った町並みも、また違った趣があった。
でも、寒さには耐え切れず土産物店に。
一杯の暖かいコーヒーに救われた思いであった。

バスは富山県堺の白川郷に向かう。
屈指の豪雪地帯だが、今年は雪が少ない。
_083_3

雪道を登り、展望台に。_071
四方を山で囲まれた合掌造りの集落には、思わず目を見張らされた。
幻想的な雰囲気の中で、しばし時の流れを忘れるほどであった。_089_5

この世界遺産は雪の中でひっそりとたたずんでいた。

(他の写真はマイフォト「白川郷」に収めました)

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飛騨高山(4日)

2泊の予定で飛騨高山に向かう。
バスは3列シートで最前列、眺めは抜群である。
中央高速をひた走り、途中八ヶ岳山麓_003_9 眺めながら松本ICから一般道に。
安房トンネルを抜けると岐阜県平湯である。
ここで自由昼食。_011_2

バスは飛騨古川に。_016_3
町の中心を流れる瀬戸川に沿って出格子の商家や白壁土蔵の造り酒屋が並ぶ町並みは情緒たっぷりであった。

4時前にホテルに。

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2007年1月 2日 (火)

江の島での正月(1日)

1907年の新春を迎えた。
皆様と共のよい年であることを。

本年もよろしくお願い致します。

穏やかな元日である。_014_1
清々しい空気の中、とそを祝い、江の島神社に初詣。

_096_1 _088_1

皆の、無事息災を祈る。

  

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江の島での正月(31日)

娘一家と,昨年厄介になった江の島の旅館に向かう。
ここの料理は抜群で、すっかり気に入った婿殿の設営である。

途中、北鎌倉の円覚寺に立ち寄る。
北条時宗が開基となり、いわゆる元寇で戦没した敵味方の霊をなぐさめるため建立したという。_012_4       

大晦日の境内は人影もまばら、ひっそりと静まりかえっていた。
国宝の洪鐘(おおがね)も除夜を待っていた。_040_4
鎌倉時代の代表的な梵鐘である。

宿では一年ぶりに女将がにこやかに迎えてくれた。
_070_1 自慢の料理を味わい、近く、遠くからのそれぞれ音色の違う 除夜の音を聞きながら年を越した。


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2006年12月19日 (火)

写真撮影ツアー(15日)

「駿河湾に浮かぶ初冬の富士」の撮影会に参加する。
天気が危ぶまれたが、前線が足早に通り過ぎ、まあまあの天気。
バスは富士山が最も美しく見られるという沼津の達磨山高原に。
ところが、あたり一面はすっぽり霧に包まれたまま(写真)。_001_15
待望の富士は頭さえも見えない。
早々に次のスポットの戸田に向かう。途中伊豆の棚田を見学しながら(写真)。_002_10
戸田港からも富士は望めない。
近くの山々は紅葉が盛り(写真)_030_9、 富士山は諦めである。
移動の途中、戸田港を山から眺めたり(写真)_059

井田では菜の花が咲き誇っていた(写真)。_075_1 さすが伊豆である。

次のポイントの大瀬崎に。伊豆半島でも一番のダイビングスポットだそうだ。
我々は岬の先端の外海に移動する。
だるま夕日の撮影である。海面から立ち上る水蒸気で光が屈折し、太陽がだるまの肩から上のような形に見える現象だそうだ。日暮れ時に、太陽が水平線に接する時がポイントとのこと。この日の日没は4時30分。皆それぞれ位置をきめ、日没を待った(写真)。_092_3
徐々に太陽が沈んでいく様子は、何とも素晴らしいものであった(写真)。_098_1
_109

ところが、沈む寸前、雲が邪魔してだるま夕日は断念、とんだ撮影会であった。

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2006年12月 4日 (月)

再び昭和記念公園に(4日)

この日、東京地方は今冬一番の冷え込みとか。
でも、昼間はまさに小春日和。
銀杏並木はどうなったかな、と昭和記念公園に出かけた。

休日の翌日とあって、園内は人影もまばら。
静寂の中、落ち葉を踏むかさこそという音というか風が、何とも心地よい。

銀杏並木は見頃を過ぎていたが、いろいろな葉が初冬の雰囲気を醸しだしていたのは、嬉しかった。
_012_6 _015_4 _021_6

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2006年11月23日 (木)

香嵐渓(22日)

バスツアーで愛知県豊田市足助(あすけと読むそうだ)にある香嵐渓に向かう。

この日は二十四節気で小雪。
わずかながら雪が降り始める頃、とあるが小春日和の温かい日であった。

バスは山梨、長野、岐阜と中央高速道をひた走り、途中立ち寄りの愛知県小原村に。
愛知県はさすがに遠い。東京を出てから5時間の行程であった。
ここは四季桜が満開であった。_012_3 _033_1
紅葉の中の桜。
何か微妙なコントラストを醸し出していた。
不断桜、冬桜、寒桜とも呼ばれているそうだが、春の桜に比べ、ひっそりとけなげに咲いていた。_025_1

東海随一を誇る香嵐渓は丁度見頃。シンボルの待月橋は押すな押すなの人の波であった。_043_2

目を見張るような紅葉が随所で見られた。_056_3 _067_1 _060_2
巴川の清流に沿った河原には沢山の見物客が。
いまある日本の平和をしみじみ感じとった一日でもあった。
_077_3 _080_1

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2006年11月16日 (木)

昭和記念公園の秋(16日)

昭和記念公園のイチョウ並木が見頃を始めた、というので、
秋晴れに誘われて出かけた。
昨年は、まだまだと思っているうちに急な強風でみな落ちてしまい、坊主頭だけを見た苦い経験があった。今年はと思ったが、若干早め。
でも、若い葉がしっかりつかまっている様子は、またいいものであった。_026_7 _019_4 _013

園内の皇帝ダリアも見事。
紅葉もあちこちで見られた。

何かと心労もあったこの頃であったが、心の洗われる思いであった。_049_1 _044_3 _061_2

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2006年11月10日 (金)

袋田の滝(9日)

茨城の北部、奥久慈にある袋田の滝に向かう。
絶好の行楽日和であった。

<月待の滝>
_015 安産の神として知られ、二十三夜の月が出るのを待って安産を祈願したことから、この名前がつけられたそうだ。
規模は小さいが、滝の裏側に水に濡れずに入ることができる珍しい滝である。_004_8 _012_2

<袋田の滝>_023_2
久慈川の支流・滝川の上流にあり、高さ120メートル、幅70メートル。四段に落ちる眺めはまさに壮大である。華厳の滝、那智の滝と並ぶ日本三大名瀑布である。
近くから見てもよし、遠くから見ても又よしであった。_032_2 _037_1   _047_1

<竜神大吊橋>_056_2
竜神ダムの湖面から約100メートル上空に架けられた大吊り橋。遊歩道の長さとしては日本第二の375メートルということだ。
橋の上からの竜神峡の眺めは見事であったが、遠くの山並みの紅葉は少し早めであった。_057_2 _077_1 _061_1 _053_2

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2006年10月26日 (木)

紅葉ミステリー(25日)

紅葉・黄葉・錦秋とうたったミステリーバスツアーに参加する。
行き先わからずだが、見頃に合わせて行程を決めるというので、外れはなさそうだ。

バスは圏央道から関越道をひた走る。
夜来の雨も上がり、紺碧の空が広がる。
沼田ICを降り、日光、尾瀬方面に。

<丸沼高原>_017_4

標高2000メートル、冬場はスキー場として有名だ。
素晴らしい紅葉が眺められた。_003_5 _009_6 _018
バスは左右にカーブを切りながら金精峠を越える。
金精トンネルをぬけると栃木県である。
眼下に素敵な展望が開けた。男体山と湯ノ湖である。_076_3 思わずバスの中からシャッターをきった。

<光徳牧場>_022_5

広々とした黄葉の中に牛や馬がのんびりと、、、。
まさに牧歌的な風景であった。_026_6 _030_8 _042_6          
バスは秋色の戦場ヶ原を走り進む。 

 

<龍頭の滝>
湯滝、華厳の滝と並ぶ日光三名瀑の一つである。
_066_1 大岩を噛むように豪快に流れ下る様から竜の頭に例えてこの名前がつけられたそうだ。_053_1 _062            

周りの紅葉も見事であった。_073_2

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2006年10月22日 (日)

昭和記念公園のイエローコスモス(22日)

昭和記念公園のイエローコスモスが見頃ということで、久方ぶりに出かける。
日曜とあって大変な人出。
それぞれが、思い思いに休日を楽しんでいる様子は、何とも心休まる光景である。
イエローコスモスは盛りであった。_070 _026_5 _065 _054

ブラブラと園内を散策。
パイナップルセージもきれいな色をみせていた。_089_2

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2006年10月 8日 (日)

雨の乗鞍(6日)

雨の中、バスツアーで乗鞍に向かう。
事前予約のためこればかりは仕方がない。

バスは3列シート、前後左右にゆとりがあり、快適である。
バスが嫌いでないGさんは、バスに乗りに来た一日、と決め込む。
外は台風なみの雨が窓をたたきつけている。こうなると、変に気を遣わず、完全なるあきらめの境地である。

添乗員によると、マイカー規制の乗鞍スカイラインは降雨量70ミリで通行禁止になるそうだ。この日は風雨が強く、午前9時30分に通行禁止になったとのこと、畳平はあきらめである。

安房トンネルを抜けると岐阜県平湯である。_004_7

落差64メートルの平湯大滝も雨の中に煙っている。
せめて足湯で疲れをとる。_019_3

畳平がだめになったので、急きょ乗鞍高原に変更、雨の中の散策と相成った。_030_7_039_4 

白樺林の中、ウルシの紅葉も見られた。

帰路、長野の酒蔵に。飲み放題の地酒の試飲は雨の憂さを晴らしてくれた。

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2006年9月22日 (金)

裏磐梯(18.19.20.21日)

<18日>
三泊四日の予定で裏磐梯に向かう。
午後の新幹線で郡山まで。そこから送迎バスに乗り換えて約1時間30分。色付いた稲穂と白い花でうまったソバ畑の田園風景を眺めながら裏磐梯ローヤルホテルに。
一人一室のツアーは少ないので、今回は60名の参加。Gさんのように一人参加も多かった。ツアーといっても時間制限はなく、せいぜい食事時間ぐらい、あとはまったく自由である。
部屋もツインが用意されており、一人では広すぎるぐらい。_017_3
早速露天風呂に。_008_2
噴火時の大岩を使った岩風呂は広くて何とも気持がいい。
夕食は和食膳。_003_4 地酒をやりながら、明日の計画を考える。

<19日>
五色沼の散策に。
ホテル前の小径を歩くこと10分。五色沼自然探勝路入り口に。
磐梯山の噴火でできた大小さまざまな湖沼群を総称して五色沼というそうだ。
入り口近くには一番大きな毘沙門沼が。_022_3 神秘的な風景が広がる。
この自然探勝路は全長3.7キロ。途中コバルトブルーやエメラルドグリーンなど色とりどりの沼が点在している。_043_1 _069 赤沼や青沼と呼ばれる沼など8つの沼を見て回る。それぞれ水の色が違うのは面白い。
道には野アザミやススキも。
_037 終点は桧原湖である。

裏磐梯の無数の湖沼の中で周囲40kmという最大の湖である。_078
遊覧船に乗り、大小48個の島が浮かぶ湖を見て回る。_083_2
船から見る磐梯山は雲がかかっていた。_087_1 

<20日>
磐梯高原のデコ平湿原に。
ホテルからバスでスキーセンターゴンドラ乗り場まで。そこからパノラマゴンドラに乗り、15分で山頂駅に。_090_1
ブナ、ミズナラ、カエデなどが生い茂る山道を湿原に向かう。_101_1
静けさの中で、ブナの木が水を吸い上げる音が聞こえそうであった。
途中雪の重みで360度曲がったブナの大木も。_119
自然の力をまざまざと見せ付けられる思いであった。
さらに進んで行くと、こんな看板が。_103_2 ツキノワグマの生息地だという。人への被害はないということだが、目撃情報が何件も寄せられているそうだ。木の皮を剥ぎ取ったツメ跡が生々しい。前後には人影はない。思わず歩を早めた。

やっと木道が整備された湿原に。紅葉も見られた。_117_1

デゴ平の花々。_108_1 _113_1 _010_2 _035_3 _036_2

(左上よりエゾリンドウ、ウメバチソウ、ヤマハハコ、花と虫)

<21日>
朝から快晴。
ホテルから磐梯山もくっきり望まれた。_022_4

清々しい気持にさせられた初秋の裏磐梯であった。

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2006年9月15日 (金)

初秋の東京「花名園」めぐり(14日)

東京の「花名園」めぐりにでかけた。
居座り続ける秋雨前線の影響でこの日は出発時から雨。
写真は半ばあきらめていたが、昼前ごろから雨も上がり、薄日もさしてきた。ラッキーであった。
花の写真を中心にまとめてみた。

<浜離宮恩賜庭園>
_028_1 東京ドームの5.5倍の広さ。
江戸時代の代表的な大名庭園である。
都心とは思えないたたずまいの中に、しばし都会の喧騒を忘れた。門